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第20話

 ――王子が眠り姫に出会ったのは、今から二年も前のことだった。  遠乗りをしていた最中のことである。偶然通りがかったところに、小人たちを見つけたことから話は始まる。  やけに忙しなかった小人たちを捕まえて、王子はすぐにどうしたのかと事情を聞いた。不測の事態でも起きたのかと心配だったのだが、小人たちはすぐに王子を引っ張ると、説明もそこそこに王子を眠り姫の元へと連れて行った。 「眠り姫、眠り姫」  黄色い帽子の小人が言う。 「起こして、起こして。眠り姫の好きなお花摘んできたの」  それに、緑の帽子の小人が頷く。 「眠り姫ね、キスで起きるよ」  王子は棺の中で安らかに眠る男の美しさに、一目で心が惹かれてしまった。  こんなにも理想の男が眠っているなど、なんともったいないのかと。彼が目覚めないということに胸を痛めた王子は、小人たちにうながされるままに棺の側にそっと膝をつく。  そうして口づけを落とすと、彼の目がゆるりと開いた。  王子は浮かれていた。彼と結ばれたいと、心から強く願うほどにはもう彼の虜だった。  しかし眠り姫は第一声から怒りをあらわにして、あっさりと二度寝を始めてしまった。  眠り姫はなんと、天涯孤独のニート精神の強い寝太郎だったのだ。  小人たちも最初は、勝手に棺を用意して眠り始めたおかしな人間がいる、と、茶化すように眠り姫と呼んでいたが、あんまりにも眠るものだから笑えなくなっていたらしい。もはや心配するほどで、心優しい小人たちはせっせと甲斐甲斐しく眠り姫の世話をしていたようだった。  そんな眠り姫を相手に、王子はなんとかして彼を手に入れようと彼の元に何度も通い、そして眠る彼にキスをし続けていた。それはもう、しつこいほどには繰り返した。小人たちも驚くほどにはひたすら続けて、とうとう眠り姫が「気持ち悪い!」と逃げ出してしまうほどである。  そうして、王子と眠り姫の攻防が始まった。 「貴様らの馴れ初めなぞどうでも良いが?」 「まあ聞いておくれよ、魔王。ふふ、ぼくの眠り姫ったら、それはもう可愛らしくて」 「いいから早くダンタリオンの居場所を教えろ」 「それではその前にそちらの話をしろ。……魔王と勇者が手を組んでいるという話の真偽は」  王子の目が、大真面目なものに変わる。正直魔王は今すぐにでも飛び出したかったのだが、勇者の居場所が分からないために動くこともできない。  魔王は深いため息を吐き出すと、これまでのことを洗いざらい王子に告げた。  王子はまず二人の本当の関係性を聞いて、何度も挑み続けては厄介ごとを巻き起こす勇者に「勇者くんは天才だと思っていたけど、おバカなんだね」と、そこに驚いていたようだった。 「しかしそうか、大きな魔法陣……勇者くんが飛ばされてから噂になるまでに、確かにあまり時間が経っていないね。本当に準備がされていたみたいだ」 「俺様たちはとりあえず力を一つに戻さないといけない。……人間界への弁明は叶わんからな、貴様が事情を知ったのならそちらはどうにかしてくれ」 「ああ、任せてくれ。こちらでも少し調べてみることにしよう。……ところで悪魔の居場所だったね。彼は今、この森のもう少し奥にある湖に居るみたいだ。きみたちが街を目指しているのなら少々回り道になるのだけど、」 「かまわん」  魔王は立ち上がると、振り返ることもなく、さっそく湖へと足を向けた。  そんな背中を、真剣に話を聞いていた二人が見送る。 「……はぁー、面倒くさいことになってるなあ……どうしようか。ねえ、リア?」 「お、おれに言うなよ、おれには関係ない」 「勇者くん、今魔王と半分になってるから、魔封じ結構効いてると思うよ。彼のことだからきっと精度の高い魔術を展開したんだろうね。体の芯までしっかり半分こになってるんだろうから、余計に危ないと思うんだけど」 「……お、おれには、かか、関係ない」 「とか言って……勇者くんが心配だから、最後まで話聞いてたくせに」  王子が楽しげにクスクスと笑う。それをジロリと睨みつけて、少し照れくさそうな眠り姫は、ほんのりと頬を赤く染めていた。  

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