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第25話

   ひとまず先を急ごう、と先をうながした魔王に、勇者も特に難色は示さなかった。気まずい空気も和らいで、けれど会話は普段よりも少ない。そんな雰囲気の中歩いていると、魔王が思い出したように口を開く。 「そういえば、本物の眠り姫と王子とやらと会ったんだが」 「む? リアと会ったのか?」 「リア?」  振り向いた勇者は、驚いたように目をパチパチと瞬いた。 「眠り姫のことだ。彼はリアという。天涯孤独で、やる気のなさは群を抜いていてな、人と関わりたくもないし働きたくもないからと言って、自身を仮死状態にして森で眠るような変わり者だ」 「なるほど、それで『眠り姫』か」 「小人たちは献身的だからな。眠る人間を見て世話をしているうちに、情でも湧いたんだろう。魔封じなんてものを施すのだからよっぽどだ」  なるほどなるほど、と魔王が納得をしたのち、ふとおかしなことに気がついた。  勇者はやけに眠り姫に詳しい。それこそ、知り合いなのかとも思えるほどである。 「……貴様、最初からあの眠り姫が偽物だと分かっていたのか?」  訝しげに魔王が聞くと、勇者はまるで今日の天気の話でもするかのように、当然の顔をして言葉を吐き出す。 「……ああ、言ってなかったか? リアとは同じ孤児院で育ったんだ。まあ、家族のようなものだよ」  そういえば勇者は眠り姫と対面したとき、いきなりその体を確認し始めたかもしれない。冷静な様子で「お前たちのリーダーは誰だ」と小人たちに聞いたのも、眠り姫が本物ではないと分かった上で、小人たちを疑っていたからか。 (……あんなに阿呆のような言い分で俺様と眠り姫を近づけさせなかったのも、最初から偽物だと分かっていたからで……)  さらに言えば、この急いでいる状況下で足を止めてまで今回の件に首を突っ込んだのも、本当は小人たちを利用しようとしていたわけではなく、家族も同然である眠り姫に何かがあったのではないかと心配していたからなのかもしれない。  本当に、なんと分かりにくい男なのか。  魔王は呆れたように目を細めるが、それにも気付かない勇者はひたすら歩みを進めていく。見慣れた家が遠くに見えた。それは、眠り姫の家とされる、二人が一晩泊まった場所である。 「おい、なぜ戻ってきた。眠り姫に挨拶でもあるのか」 「いいや?」  勇者の横顔はニヤついている。それに嫌な予感がしながらも、これ以上口を挟むのも面倒くさいために、魔王は大人しくその場は引いた。  一番最初に反応したのは小人たちだった。やがてわらわらとどこかに消えて、奥から眠り姫を連れてくる。  リアは驚いたように勇者を見ていた。勇者は楽しそうに笑っているだけである。 「ノア! ぶ、ぶぶ、無事だったの!」 「ああ、もちろんだ! ふふふ、ところでリア、お前今までどこに居たんだ? 助けてくれたら良かったじゃないか」 「うっ。……い、今までは、その……隠れ家にいて……」 「隠れ家? まだあの王子から逃げてるのか? 無駄だぞ、あいつは蛇みたくしつこい。その上気持ちが悪いほどお前しか見ていない」 「い、い、言わないでくれよ……」  リアが肩を落とすと、勇者が楽しそうに笑う。その姿は自然で、魔王はなんとなく入ることができなかった。 「で、でででも無事で良かったよ。……おれがあの偽物に気付いたのは最初だけで、あ、あとは隠れ家にいたから、途中は分からなかったんだけど……」 「そうだよリア。僕は無事だった。だがそれは結果論だ、そうだろ?」 「へ、あ、う、うん。そうだね」 「もしかしたら今頃、悪魔に命を奪われていたかもしれない!」 「え!」 「そんなわけがないだろう」  スレイグの目的を知った魔王がそんな言葉を挟むけれど、勇者は無視をしてリアに真剣に語りかける。 「リアは自分の怠惰のせいで、僕を殺すところだったんだ!」 「ひぃ! ご、ごご、ごめ、ごめんなさ……!」  リアは真っ青になっていた。それに魔王は多少同情したが、口を出すことはない。勇者がニヤニヤとしていたのは、何か目的があるからだと分かっているからだ。 「悪いと思っているのか?」 「も、もちろん」 「本当に?」 「本当に……」 「それなら、特別優秀な小人を一人、しばらく貸し出してくれ。僕は魔法に明るくないんだが、精霊と仲介できるそいつが居ればなんとかなるかもしれない」  ――結局、目的はそれらしい。  さすがはブレないなと、その貪欲さには魔王の肩からは力が抜けた。  リアが小人たちに視線を向ける。すると小人たちは勇者が苦手なのか、一斉に目をそらした。 「……ツェリェ」 「いやだ! いやだよ眠り姫!」 「おおおれだって、し、心配だよ。で、でも、ノアは本当に……本当に、その、め、面倒くさい男だから……」 「む? 酷いじゃないか、リア。僕たちは家族も同然だろう」 「かか家族なら絶対に風呂の温度を突然上げたりしないし、トイレ中に施設の外に転移なんかさせないんだよ!」 「貴様最低だな」 「ちょっとしたお遊びだろ」  涙目に訴えかけるリアを見て、勇者は楽しげに笑う。 「ではツェリェを借りるとしよう。赤い帽子のお前だな」  小人は泣きそうな顔でリアを見つめた。しかしリアは両手を合わせてお願いのポーズをするだけで、何も言わなかった。

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