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第28話
翌日から、二人はさっそく東の山に向かうべく歩き出した。勇者も魔王も、どこかぎこちない。小人はそんな二人を細目に見ていたけれど、どうせまた変な雰囲気になるのだろうからと、あえて何も言わなかった。
「小人よ! 歩きながら僕に協力しろ!」
「嫌だ! 嫌だ! こいつ横暴だ!」
空気に耐えられず声を出したのは勇者だった。小人の首根っこを掴んで持ち上げている。
「僕はどうしても魔法陣に魔力を馴染ませたい。可能性があると思わないか?」
「精霊様が聞いてくれるわけない!」
「これが成功すれば、魔王の力が一つに戻って、お前も早々に解放されるんだぞ」
勇者の呟きに、小人の動きが止まる。
「なあ、お前にも悪くない話だろ? リアのことが気になるだろ? 今頃変態王子につきまとわれてまーたどこかに隠れてるんだろうなぁ。リアは世話をしてやらないと、平気で三食抜くから心配だなぁ」
「卑怯だ! 卑怯だ! 帰りたい!」
「こら勇者、あまりいじめすぎるなよ」
小人をかばったのは、なんだかんだと優しい魔王だった。小人もすっかり懐いたのか、勇者の手から抜け出すと魔王の後ろに隠れてしまう。
「……僕は正論を言っただけだぞ」
「まあ、そうかもしれないが……」
最近では、言い合いもなかなかキレがない。そんなことは当人たちが一番良く分かっていたけれど、改めて言うことでもないために、胸の奥でくすぶっていた。
「とにかく今は大人しく東の山を、」
「……アンセル?」
不意に、魔王の名前が聞こえた。彼の名を呼ぶような存在は滅多に居ないために、魔王も勇者も足を止めて思わず振り返る。
可愛らしい青年だった。身長は勇者よりも低い。それでいて華奢で、黒の髪と赤い目が、白の肌に良く映えている。
一瞬女の子と見違えるほどに可愛らしいその青年は、魔王を見つめて固まっていた。
勇者は彼のことを知らない。そのため誰なのかと魔王を見たのだが、魔王の瞳が揺れていたから、すぐに「会いたくなかった相手」なのだろうと察した。
「……アンセル! 僕、ずっとアンセルを、」
「触るな!」
魔王に縋ろうとした彼の手は、魔王によって弾かれた。
普段は優しい魔王のそんな一面に驚いたのは勇者だった。
「見るな、触るな、もうたくさんだ。……会いたくなんかなかった」
魔王はそう言って、俯いたままその場を離れる。残された勇者は呆然としていた。なんとなく追いかけることも出来なくて、魔王の背を見送ってしまった。
「……きみは誰だ?」
彼も魔王を追えなかったらしい。勇者が彼に問いかけると、彼もようやく勇者に気付いたかのように、勇者を見上げた。
「僕はイリス。悪魔の一人で、ハルファスの種族」
「ほう、噂では街を建設して丸々武器庫に出来るとか、軍勢を飛ばせるとか聞いたが、その種族のことか?」
「そう。……あなたは人間? なんだか、雰囲気がおかしいみたい」
「僕は人間だな。……魔王とは知り合いなのか」
突然振られた本題に、イリスが顔色を変える。
「……僕は、アンセルの恋人だった。……ううん。本当は今も、心だけはそのつもりで居る」
「……恋人?」
勇者はすぐに、イリスを見たときの魔王の様子を思い出した。
到底、元恋人に会った反応ではなかった。会いたくなかった、と言っていたのも本音だと思えるほどには、魔王はイリスを拒絶していた。そういえば魔王はイリスについて語りたがらなかったし、もしかしたら良い別れではなかったのかもしれない。
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