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第29話

「ねえ、きみはアンセルの何? 良かったら、僕に協力してほしい。僕、ずっとアンセルを探してたんだ。だけど僕にはアンセルから魔法がかけられていて、二度とアンセルに会えないようにされてた。でも会えたってことは、魔法を解いてくれたってことだよね?」 「……それは、」 「お願い、全部誤解なんだよ。……ううん、そんなの言い訳になるけど……ある日人間に呼び出されたんだ。そこには僕の家族も居た。縛られて、歩けないように痛めつけられて、魔力を封じられてた。助けたかったらアンセルを殺せって……それを条件に解放してやるって言われて、でも僕はそんなことしたくなかったからその人間を殺してやろうと思ったのに、僕にはまだ生まれたばかりの弟が居たから下手に動けなくて」 「それで、魔王を?」 「……酷いことをしたと思う。アンセルには伝えることもできなかったから……アンセルからしたら、裏切られたと思われてる」  ――きみが魔王と会えたのは魔法を解いたからではなくて、僕に魔王の魔力が半分奪われたから魔法の効果が弱まっているだけなんだよ。だから許されたわけじゃない。会わないほうがいい。  そんなことは、勇者には言えなかった。  同情ではない。ただ、その感情の中にほんの少しでも「会わせたくない」という気持ちがあったから、なんとなく汚い気がしたのだ。 「……僕は、協力できない」 「どうして!」 「あいつと僕はライバルだ。僕はいつもあいつを倒すことばかりを考えていた。だけど、あいつの嫌がることはしたくない。あいつが会いたいと言うまで、お前とは会わせたくない」  魔王について行きそびれた小人を引っ掴むと、勇者は突然駆け出した。 「もう二度と来るなよ! 僕たちは忙しいんだ!」 「あ! 待って!」  イリスはやっぱり動けなかったのか、勇者を追いかけることはなかった。  勇者は必死に走っていた。行く当てはない。魔王を探さなければとは思うけれど、どこに行ったのかも分からない。ただがむしゃらに駆け抜けて、勇者は路地裏で座り込んだ。普段から運動をしていない勇者の限界は早かったようだ。 「おい、おい、泣いてるのか」 「……泣いてないだろ」 「でも、でも」 「うるさいな。……僕にだって、わけが分からないんだよ」  魔王は、イリスを忘れていない様子だった。だからこそ勇者に語れなかったし、先ほども動揺して逃げ出した。その相手であるイリスも、勇者に協力を仰ぐほどには魔王を思っているらしい。  そんな現実を前に、勇者の心が悲鳴をあげる。  もしも二人が出会ったなら――そう考えると、どうしても胸が苦しくなるのだ。 「……最悪だ。こんな気持ち、もう二度と思い出したくなかった」  本当は勇者にも、この気持ちが何かは分かっていた。  まだほんのりとしか色づいていないけれど、確かに覚えがある。それは勇者がかつて友人に向けていた感情で、そしてまったく叶わなかった心である。  今回もすでに、自覚する前から終わっていたようなものだ。  勇者はいつだって、当て馬にしかなれなかった。    

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