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第30話
「……魔王様だ! 魔王様だ!」
小人が突然、その場で跳ね始めた。そうして両手を伸ばすと、持ち上げられた小人は勇者の視界から消える。
「……さっきは変なところを見せたな」
魔王の声がした。けれど勇者は俯いたままで、顔を上げることはなない。
「彼に少し話を聞いた。恋人だったそうだな」
「……貴様には関係のないことだ」
そう言われては、勇者には何も言い返せない。
確かに勇者には関係のないことだ。魔王が誰と恋人であろうと、今誰を愛していようとも魔王の勝手である。
――勇者が魔王を愛してなどいなければ、関係のないことのはずだった。
「ああ、そうか。そうだな。そうだった。僕には関係がない」
勇者がゆらりと立ち上がる。どこか危うかったために、魔王はいったん小人を置いて勇者を支えた。
「大丈夫か。何かされたか、どこか悪いのか」
「別にどこも悪くない」
「だが貴様、」
「魔王」
勇者は魔王の首に自身の腕を回すと、そのまま強く引き寄せた。
あと少しで唇が触れ合う距離だ。一気に近づいたからか、魔王は少しばかり身を引いた。しかし目だけはしっかりと勇者の唇を見ている。
「……勇者?」
「三十分」
「……貴様、どう見ても元気、」
言い終わるより早く、勇者は魔王の唇を塞ぐ。
ほんの少し動いただけでそこは重なった。いつもは魔王が動いてばかりだが、今はまったく逆である。
勇者はかぶりつくように数度ついばむと、舌先で魔王の唇をつつく。
開け、と暗に伝えていた。魔王はそれをうっとりと受け入れて、緩やかに口を開けた。
壁に押し付けられた魔王は、自然と勇者の背に腕を回す。
「はぁ……どうした、勇者」
その問いに答えはない。微かに開いた隙間は、勇者が一気に埋めてしまう。
舌が絡んで、唾液が混じる。
勇者の意識がはっきりとしているときにキスをしているという状況に、魔王の心臓は壊れてしまいそうなほどに騒いでいた。
鼻に抜けるような甘い声が、魔王の脳を痺れさせる。体の芯が熱を持ち、ピタリとひっついた勇者の体が揺れるたび、衝動で理性が溶かされそうだった。
勇者が背伸びをしているためか、魔王の膨らんだ中心が勇者のそこと擦れ合う。勇者も昂っているようで、固くなったモノが触れ合うと微かな快楽が生まれた。
「っ、貴様、少し離れ、」
「まだだ」
意図的な動きだった。離れようとした魔王を壁に手をついて閉じ込めると、勇者はあえてそれを擦りつけていた。
「ゆ、うしゃ……」
「は、はは、いい顔だな、魔王」
してやったり、と魔王を見ている勇者だって、人のことを言えたものではない。
至近距離で、二人はただ互いの表情をじっくりと見ていた。体はひっついたままだ。鼓動さえ届く。勇者の滑らかな腰の動きに、魔王は時折浅く息を吐いていた。
熱がこもる。興奮が広がる。快楽が増して、正常な判断も出来なくなる。
「勇者」
ぐるりと、勇者の視界が一気に回った。気がつけば壁に押し付けられて、形勢が逆転されている。ふたたび優位に立とうとするが、両手首を掴まれて壁に押し付けられては、勇者もさすがに動けなかった。
「なんだ、僕の誘惑に我慢が出来なくなったのか?」
「何を言う、貴様……この俺様を誘惑していたのか?」
魔王が一度、触れるだけのキスをした。勇者は静かに目を閉じる。その受け入れる表情に思わず、魔王はもう一度唇を重ねる。
「どうした、突然」
「ん、いいから。……もっと」
勇者がぐ、と首を伸ばす。するとふたたび唇が重なり、熱が満ちた。
「……勇者」
魔王の手が緩むと、勇者の腕は誘うように魔王の胸元に触れた。
撫でるような動きだった。じっくりと手の平を滑らせて、魔王の感触を楽しんでいる。そうして胸の突起に触れると、先端の飾りを甘やかにつまむ。
「っ……そこは……」
「イイ顔をしてるな。なんだ、前の恋人にでも開発されたか」
自分で言って、自分で傷ついた。そうなることを分かっていながら言ってしまったのは、今触れているのは自分だぞと主張したかったからかもしれない。
今魔王に触れているのは勇者だ。イリスではない。
イリスは今はまだ、魔王に触れられるような立場ではないのだ。
(これからは、分からないけど……)
勇者はまたしても、自分の思考に胸を痛める。
まったく厄介なものだ。恋なんて感情は、どうやっても思いどおりにはならない。
魔王の手が勇者に触れた。それは少し荒々しい手つきで、勇者の下を寛げる。
「涼しい顔が得意なんだな、勇者」
「お前が分かりやすすぎるんだよ、魔王」
勇者も魔王のモノを取り出すと、自身のモノと一緒に擦り始めた。
魔王はさすが魔族というべきか、やはりそこは太く長い。勇者とは違って色も赤黒く、勇者の綺麗なそれと並ぶと、なかなか淫猥な光景だった。
魔王の手が、擦り上げる勇者の手に重なる。荒い呼吸を繰り返し、時折かすれるような喘ぎも聞こえた。
「ゆ、ぅしゃ……もっと」
それを聞くたび、勇者の心はきつく締め付けられた。勇者は魔王が好きなのだと改めて思えた。まさか自覚した途端に失恋が確定しているとは思ってもいなかったけれど、気付けただけでも幸福だったと喜ぶべきだろうか。
――理解をすると、急速に色づいていく。喜ぶように、もっと深くを求めるように、一気に心が芽吹いて、騒がしくて落ち着かない。
だからこそ、失恋が決まっているなんて現実が、あまりにも痛かった。
(……今は、僕だけのものだ)
魔王が勇者とこうしているのは、三十分のタイムリミットがきっかけだった。それに手を貸してくれたのも、魔王の魔力を勇者が半分所持しているからである。
それを無くしてしまえば二人には何も残らない。勇者が魔王に挑むことをやめるだけで関係は一切断たれるだろう。
勇者にも分かっていた。だけど大人しく身を引いて終わらせられるほど、勇者は綺麗ではいられなかった。
「勇者、出そうだ」
色っぽい声が、低く唸る。それを聞いて身を震わせると、勇者は手の動きをさらに激しく変えた。
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