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第31話
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「魔王様、魔王様」
小人が必死に魔王を揺らしていると、魔王はようやく目を覚ました。小人が頑張り始めて、実に二十分後のことである。
見慣れない天井だなと思ってすぐ、魔王は知らない街に来ていたことを思い出す。勇者に移ってしまった魔力を戻す旅の途中だった。
昨日は二人で宿に戻り、翌日のためにと早めに眠ったのだ。
「……勇者?」
隣で眠っていたはずの勇者がそこに居ない。魔王は思わず起き上がる。ぐるりと部屋を見渡すけれど、やはり人の気配はない。
「おい小人、勇者はどこへ行った」
「あいつなら外! 用事あるからって、でもすぐ戻るって!」
「……用事?」
勇者がこの街で用事があることなど、あるわけがない。ここは先代魔王の知人の男に会いに行くための中継の街である。
(昨日も様子がおかしかったな)
やけに積極的に、それこそ勇者自身が「誘惑」と言うほどには分かりやすく魔王に迫っていた。勇者にとって魔王はライバルのはずだ。これまでもずっとそうだった。今回のことで少しばかりイレギュラーな距離の詰めかたをしてしまったが、それまでは魔王がどきまぎしてしまうだけで、勇者に変わりはなかったと思う。
――では、いつからおかしくなったのか。
(……イリスか?)
そういえば彼と再会してから、勇者の様子がおかしかったかもしれない。
魔王がイリスとの再会から逃げ出して少し、勇者を置いてきてしまったことを思い出して踵を返したのは早かった。
気配をたどれば、裏路地でうずくまっている勇者がいた。今更ながら、そんな姿もなかなかおかしなものである。
――あのとき勇者に何かがあったとしか思えない。
魔王はひとまず勇者を探さなければと、小人を掴んで立ち上がった。
「こんにちは、魔王。少し前ぶりだね」
魔王の背後。そこにある狭い窓が勝手に開き、男が腰掛けていた。背には黒の翼がある。魔王はその男があまり好きではないために、反射的に睨みつけていた。
「何の用だ、ダンタリオン」
「睨まないでよ。私はただ……」
スレイグは言葉を不自然に切ると、一度ちらりと室内を見る。
「……ああ、なるほど。勇者は不在か」
「何をしに来たのかと聞いている」
「……勘違いしないで。私は今回、あなたたちに用があったわけじゃないんだ。私は私の用事で、今度は連れと一緒に来た」
「……連れ?」
「彼から何も聞いていないの?」
――そういえば、スレイグにさらわれてから魔王が迎えに行くまで、二人が何を話していたのかを魔王は聞いていなかった。
「その反応だと、まったく知らされていないのか。……だけど困るなぁ。仲が良いのは結構だけど、まるで新婚旅行を楽しんでいるだけのバカップルにしか見えない。緊張感はどこに行ったの」
「……用件は」
魔王は、心底スレイグが嫌いだ。
あの湖畔でのことを忘れたわけではない。勇者がスレイグを受け入れていたのも許し難いことではあるが、それと同時に、勇者に手を出したスレイグにもしっかりと腹は立っていた。
――そんなふうに思うのはどうしてなのか。
それを考えたら危ない気がして、魔王は自然と考えないようにと頭を振る。
その思考は危険だ。かつての失敗を思い出す。
魔王はその失敗のせいで、どれほど心を痛めたのか。
「勇者に、気をつけるようにと言いにきた」
「……気をつける?」
「この街に大賢者と剣豪が来てる。あなたもよく知る、勇者の仲間だよ」
「……それなら気をつけるのは俺様のほうじゃないのか」
スレイグが重たい間を置く。一瞬の後、気付いた魔王がハッと顔をあげた。
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