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第32話
「――城の状況はどうなってる。王子とやらが探ると言っていたが」
「王子の判断は早く、あなたたちが裏切り者ではないことは明かされつつある。魔王の力が弱まり、魔獣が暴れ出した原因の説明も王子自らがおこなったために、このまま何もなければあとは時間が解決してくれるだろうね」
魔王はすぐに宿を出ようと歩き出すが、スレイグが「待って」と呼び止めた。
「この街にはハルファスも居るね。……彼は有名人だ。なにせ、あなたと恋人だったんだから」
「何が言いたい」
魔王が鋭い目つきのまま、ゆらりと振り向いた。
「彼に騙されて殺されかけて、傷心して力を弱めていた魔王がその彼と再会して何を思うのかと……少し、気になるなって」
「……もう過去のことだ」
「どうかな。……彼はあなたと関係を戻したいと思っているようだけど?」
「……イリスが?」
「彼があなたを裏切ったのは、家族を人質に取られていたからだよ。彼はあなたと恋人だったばかりに利用されたんだ。だから、最初から騙そうと思ってあなたに近づいたわけでも、欲に目がくらんだわけでもない」
――僕は、最初からアンセルのことなんか好きじゃなかったよ。
そう言ったイリスの表情は、変に歪んでいた。
彼の背後には複数の兵器が並ぶ。すべてが魔王に向けられて、逃げ場はなかった。
少し前まで魔王に愛を囁いていた唇からは、つらつらと侮蔑の言葉が吐き出された。
抱き合っていた腕がやけに冷える。指先まで凍えて、動こうともしない。
魔王は初めて、絶望を知った。
――愛し合っていたはずだった。いや、確かに愛し合っていた。それが一気にひっくり返された。
状況についてもいけないまま、魔王は全身を貫かれた。
痛みなんかない。心の傷に比べれば、どうということはなかった。
最後に見たイリスは、どんな顔をしていたのか。
魔王は思い出そうとするけれど、どうしても彼の泣き顔しか思い浮かばない。
「彼は今もあなたを愛している。……ずっと心を塞いでいたようで、あなたに謝ろうと何度も魔王城を目指していたようだけど……あなたが魔力で彼を遠ざけたから会うことも叶わず、」
「勝手なことばかりを言うな!」
スレイグの言葉を遮って、魔王が声を張り上げた。
「貴様、何が目的だ。そんなことで俺様を騙せるとでも思ったのか」
魔力は半分になったはずだった。けれど魔王は持って生まれたものが違うのか、迫力は普段と変わりない。
魔族にはよく分かる、圧倒的な威圧感だった。
「……私はあなたと敵味方になるつもりはないよ」
「それなら目的は勇者か。俺様と引き離し、勇者をまたさらおうと?」
「なるほど、それも良い」
フッと上品に微笑んだスレイグに、とうとう魔王が仕掛けた。軽く手を振る。それだけでスレイグは後方に大きく吹き飛び、開かれたままだった窓から外に追い出された。
しかしすぐに体勢を整えると、スレイグはふたたび窓に降り立つ。
「私はね、あなたがハルファスと関係を戻してくれたなら、勇者もひとりぼっちになって、彼の気持ちも報われるのではないかと思っただけ」
「……誰の話だ」
「最初に言ったよ。気をつけてと」
スレイグは今度こそ外に飛び立った。本当に忠告をしに来ただけだったのか、振り返ることもなく、やがて空に消えてしまう。
魔王はすぐに部屋を出た。小人を抱えて、小走りに宿を後にする。
なんとなく、この場に勇者が居ないことが不安だった。もしかしたらどこかに行ってしまうのではないか。もしかしたら、このまま会えないのではないか。そんなことばかりが頭をよぎって、走らずにはいられなかった。
――どうしてわざわざ、スレイグが「忠告」をしに来たのか。
それを考えるだけで、嫌な予感がどこからともなく湧いてくるのだ。
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