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第36話
「……ガイル」
「ようやく見つけた! 今まで何をしてたんだよ!」
「ガイル!」
遅れてやってきたのはユリアスだ。探していた二人が一気に集まり、勇者は覚悟を決めるように踏ん張る足に力を入れる。
「ノア、このまま逃げよう。お前は裏切り者だって言われてる。城にはもう戻れねえし、指名手配がされたから、お前はもうどこでも暮らせない」
ガイルが早口にまくし立てた。隣ではユリアスが、気まずそうに俯いている。
「大丈夫だ、俺がついてる。これからも俺がお前を守るよ。……ガキの頃からそうだっただろ?」
勇者は、震える拳を握り締めた。そうしてガイルの腕を乱暴に振り払うと、強い瞳を二人に向ける。
「……ガイル。ユリアス。僕が一度城に戻ったときのことを覚えてるか?」
ガイルは振り払われた手を宙ぶらりんにさせて、首を傾げた。ユリアスも何を言われたか分からないらしい。キョトンとして、ガイルの出方を伺っている。
「僕が魔王のとこに行ってすぐ、一度城に戻っただろ。その頃には噂はすでに回っていて、僕はすっかり裏切り者にされていた」
「ああ、なんだそのことか。もちろん覚えてる。なあユリアス」
「はい」
二人は、勇者の強い目に動けなかった。もしもここで動いたなら噛みつかれるのではないかと、そんな気さえしたからだ。
「……第一声で、何をしているんだと僕に詰め寄ったな。そうしてコトの経緯を聞いた。……おかしいと思わないか」
「おかしい?」
「まるで、僕が犯人であると確定したような言い方をするじゃないか」
ピクリと、ガイルの眉が揺らぐ。
「……言葉の綾だろ、俺は考えるのが得意じゃねえからさ、そういうふうに言っちまうんだよ。よく知ってるだろ、俺たちは孤児院の頃から一緒なんだ」
「ああ、よく知ってるよ。お前はね、何があっても僕を第一に信用する男だ」
ここからは、正直すべて賭けだった。巻き込むまいと魔王にも話していなかった、スレイグとのやりとりの結論である。
――スレイグは、自身がとある男に加担したことを勇者に明かした。それはスレイグの愛する男で、その男にはどうやら慕う男が居るらしい。けれどその慕う男にもまた好きな相手が居て叶わないからと、スレイグに幻覚をかけさせて自身を抱かせるような、愚かな男だと言っていた。さらに最後には、勇者に「当事者なのに」とも言った。
繋げた先にあるものが何か、分からないほど馬鹿でもない。
「ダンタリオンの種族、スレイグという男を知ってるだろ」
勇者の言葉に反応したのはユリアスだった。本当に微かな反応だ。一瞬だけ目が泳いだ程度である。けれど勇者は見逃すことなく、悲しげに眉を寄せる。
「……そうか。ユリアスだったのか。……そうか、分かった」
「な、何の話ですか……ガイル、ノアは少し疲れているようです」
「……ああ。ここまで逃げてたんだ、そりゃ疲れてるはずだ」
「もういいよ、分かった。全部分かったんだ。……白々しい演技はやめてくれ」
勇者はずっと、恋をしていた。
淡い初恋だ。孤児院にいた頃からずっと、彼ばかりを追いかけていた。
だからこそ心が痛い。こんなことになってどうしてと、そればかりが頭を過ぎる。
「僕はお前たちとは行かない。お前たちとはもう、友達でもない」
「……何言ってんだよ、ノア」
「僕は! 僕を貶めようとする奴らと友達でなんか居たくない!」
「ノア!」
逃げ出そうとした勇者はしかし、たくましいガイルによってその行動を阻まれた。反動でガイルの胸に引き寄せられて、そのまま抱きしめられる。
「何を言い出したんだよ、なあ。俺たちと居よう。……何も心配しなくていいんだ、疑心暗鬼になんかなるな。疲れてるんだよな。俺たちの宿が近いから、そこで休めばいい」
思ったほか力が強く、逃げ出すことは叶わなかった。
この腕を、勇者は望んでいたはずだった。
もうずっと勇者は、ガイルのことが好きだったのだ。
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