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第44話
『まあまあ落ち着きなよ、リア』
何やらまだ騒がしいリアを押しのけて、ミシェルが『ぼくが説明をしよう』と前に出る。
説明とは何なのか。そういえば今リアが「王都が混乱している」と言っていたなと、ぼんやりとそんなことを思い出した。
『勇者くんは今、独房に入れられている。処刑されることが即日決定した』
「……処刑? どういうことだ」
声音がつい固くなる。
『こちらの話からしようか』
そこでようやく、背後のリアが静かになった。
『ぼくはあれから城を探っていた。内通者が居る可能性が濃厚だったからね。発言力のある人物にまずは狙いをつけた』
「……俺様たちの言ったことを信じたのか? 王子である貴様が?」
『勘違いするなよ、きみたちを信じたわけじゃない。……勇者くんはリアの古くからの友人だからね。ぼくは、リアの大切なものを守りたかっただけだよ』
声が脇にそれた。リアのことを見ているのだろう。ミシェルの背後で照れているのか、リアが息をのんだ雰囲気も伝わる。
『噂の出どころは正直分からない。きみたちが例の森に転移した頃、ぼくは馬車でリアの元に向かっていて城から離れていたんだ。……衛兵の話によると、以前からそう言った噂は立っていたらしい』
「勇者が裏切り者だと?」
『ああ。正しくは、裏切ろうとしているって曖昧な言い方だったようだけどね。宰相にも話を聞いた。彼も言っていたよ、本人から聞いたという者からの密告があったようだと』
「なるほどな」
どの証言も、人伝に聞いたものばかりで確証を得ない。
『実は別件で目をつけていた人物はいた。彼らは王宮内に子どもを呼んだり、庭園に花を植えてはアフタヌーン・ティーを楽しんだりと、少々目立った動きをしていてね。すべて許可を得てはいるんだけど、あまり外から出入りをさせすぎると衛兵の気が緩んでミスが起きやすくなるし、王宮への意識も低下するから宰相からは控えてくれと苦言が出ていた。改善はされなかったらしいけど』
「……逆に、衛兵の気をそらすことが目的だったんじゃないのか」
『そう。ぼくもそう思ったから目をつけていた』
ミシェルの背後に居るリアが「はは早く結論を言わないとノアが!」と焦ったようにミシェルをうながす。けれどもちろんミシェルは焦らず、リアに「可愛いね」とだけ甘やかに返していた。
『無事、衛兵は気をそらされたようだね。……勇者くんがそちらに行ったことを、衛兵が誰も把握していなかった。そんなことはありえない。世界を救おうと立ち上がった勇者から目を離すなんて、あってはならないことだ』
「それでこそこそ行動してたと思われて、疑われたのか」
『噂を助長させた要因にはなってる』
「結論を話せ」
魔王の言葉が固く届く。
――魔王はよく覚えている。
勇者とともに飛ばされたとき、勇者はそれまで誰のところに居て何をしていたのかを魔王に細かく語ってみせた。子どもが押し掛けてきたから逃げてきた、という旨も覚えている。
それではそのとき、誰と一緒だったのか。
『剣豪ガイルと、大賢者ユリアスには気をつけろ。勇者くんが居なくなった途端、それまで薄らだった噂を色濃く変えたのはこの二人だ。城の者たちも、この二人に勇者が裏切ったと言われたからこそ、信じてしまった』
大賢者ユリアスは人間である。魔法を使うが人の身で、彼ほどの力があれば、魔王と勇者を転移させるほどの魔法陣を展開することなど朝飯前なのかもしれない。彼は勇者の仲間で、魔法陣を学んでいた可能性もある。ユリアスが手の内を隠していたと考えればおかしな話ではないだろう。
(しかし、勇者は……)
魔王に、迎えにきていた仲間のどちらかが好きだと語っていた。確信的なことを言われたわけではないが、ニュアンス的には間違いないだろう。
(どういうことだ。何が起きてる)
裏切られていると分からずについて行ってしまったのだろうか。
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