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第45話
いや、勇者はそんなに愚かな男ではない。抜けている部分はたしかにあるが、天才と言われるほどの「鋭さ」は持ち得ている。
『少し前、勇者くんが城に戻ってきた』
「何だと?」
『城は大混乱だ。朝になって突然魔族たちが大人しくなったと思えば、勇者くんが戻ってきて「すべてのことを企てたのは自分だ」と証言した。魔王は仲間にしようと誘ったが無理だったから諦めた、とも』
「そんなわけがない!」
『分かっている。ぼくは実際にきみたちの関係ややりとりを目の当たりにしたからね。おそらく勇者くんはきみが糾弾される可能性を潰したんだろう。今回のこと、ただの噂とはいえ、人間側からはきみは良い印象にはならないだろうから。……とりあえずそれで、勇者くんの処刑が即日決定した。日取りは決まってないけど、おそらく数日以内には決行される』
「すぐにそっちに向かう」
『やめなさい』
いきり立った魔王が小人をひっつかんだとき、ミシェルがやけに落ち着いた声を出した。
『魔族が落ち着いたということは、半分になっていた魔力は元に戻ったんだろう? それならそこで傍観していろ。勇者くんはきみをかばったんだ。下手に動くな。彼の意思を無駄にするんじゃない』
「っ、この俺様に指図をするな!」
勇者はいつも、自己完結して終わらせる。
今回のことだってきっと、自分一人が犠牲になろうとも魔王には気付かれないと思ったのだろう。知ったところで何も思わないとさえ思っていたのかもしれない。
ずいぶんと侮られたものだ。
何よりも、魔王はそれが許せなかった。
勇者が犠牲になる形で魔王をかばい、それをどうとも思わないだろうと思われたことが、悔しくて仕方がない。
何も思わないわけがない。魔王の中にはしっかりと、勇者に対する気持ちがある。
(あの、馬鹿が……!)
いつからかは分からない。はっきりとした出来事があったわけでもない。ただいつの間にか勇者は魔王の中にいて、そして優しく侵食していた。
『ちなみに速報だけど、ガイルとユリアスも城に戻ってきた。勇者を返せと叫んでる。……何があったんだろうね。彼らも怪しい動きをしていたから、ぼくの指示の元でそれぞれ勇者と近い独房には入れたけれど……今来た衛兵の話によると、ガイルがずっと勇者に語りかけているんだって』
「相分かった。すぐにそちらに向かう」
『……いいの? 勇者くんの気持ちが無駄になるよ』
「ふん。最初からそのつもりで俺様に明かしたんだろう」
ミシェルは少し間を置いた。そうして空気を緩めると、「だってリアが泣きそうな顔をするんだ」と、苦笑気味に吐き出した。
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