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第47話

  「ああ、やっぱりここに居たね」  状況とは裏腹に、優雅に入ってきたのはスレイグだった。地下にあるこの場所に入るまでに衛兵が複数ついていたはずだが、この騒ぎで離れたのかもしれない。スレイグは難なくやってくると、真っ先にユリアスの牢を開けた。 「ねえ、そろそろときめいた?」  スレイグは以前「我慢をするのも馬鹿らしくなった」と言っていた。だからきっと、関係を最初からやり直すためにユリアスのことを助けに来たのだろう。  ユリアスは困ったような顔をしていた。だけど嫌悪は浮かんでいないから、良いように変わると確信できた。 「スレイグ、ありがとう、来てくれて。……ガイルはともかく、ユリアスを巻き込むのは違うと思っていたから助かった。幸せにしてやってくれ」  勇者は立ち上がることもなく、満面に笑いかける。ユリアスは不思議そうに勇者を見ていた。そしてスレイグもまた、同じような顔をしていた。 「……本当に面白い子だね。……私が、ユリアスだけを助けるとでも?」 「なんだ、僕も助けるつもりだったのか? だけど残念だな、僕は出ないぞ。ここで死ぬ。ガイルと一緒に、すべてのことを終わらせる」 「ふふ、なるほど、面白い。……自身を救いにくる人間が居ないと思っているところが、本当に愚かしいね」 「む? 僕は天才だ。美しくありながら才能さえ恵まれた素晴らしい人間を捕まえて、何を言ってる」 「ノアは本当に、小さな頃から変わりませんね」  ユリアスが嬉しそうに笑う。それはここ最近では見られなかった、どこか清々しい笑顔だった。  パラパラと崩れていた天井が、一部大きく落下した。それはユリアスの居た独房で、その場にいた全員が振り返る。 「早く行け。王都にはもう居場所はないかもしれないから、魔界にでも逃げてくれ」 「ダメです! スレイグ、どうかノアとガイルも、」 「行けってば!」  勇者はとっさに魔法陣を展開する。スレイグとユリアスの足元にそれが浮かび上がると、二人は一瞬でその場から姿を消した。 「……ノア、俺たち死ぬのか」  遠くから喧騒が聞こえる独房で、ガイルが小さくつぶやいた。  いまだに地鳴りは続いている。このままでは、地下であるここは崩れて潰されるだろう。 「ああ、そうしよう。一人にはしない。僕たちは家族だ」 「……そうか。そうだな、それも悪くない。俺はお前が居ればいいんだよ。世界なんかどうでもいい」  そうだな、僕もだよ。  そんな言葉は、勇者の心の中で留まった。  ――勇者にとっても世界なんかどうでもいい。魔王が生きてさえいればいい。彼が魔界で幸せに暮らせるのなら、それが一番である。  そんなことを思いながら、勇者は静かに目を閉じた。次に目を開けたとき、天国にいるのだろう。そんなことを本気で考えるくらいには、もう終わったつもりでいた。  しかし。  一際大きな音が響く。天井が大きく崩されて、けれど瓦礫は降ってはこなかった。  視界が明るくなったことに、勇者は思わず目を開けた。ここは地下だ。明るくなることなどありえない。そもそも、明るくなったのならどうして瓦礫に潰されないのか。 「この俺様を散々振り回しておいて、結末がこれか」  思わず声を振り仰ぐ。地下の天井が大きく崩れて、地上が見えていた。そこに立っていたのは魔王だ。どこか怒っているようにも見える。瓦礫は魔法で浮かせているらしく、それらはすぐに適当な場所に放り出されていた。 「……魔王、なぜここに」  勇者は、二度と顔を見せるなとはっきりと言われた。そのときの様子からしても、魔王が勇者に対して良い感情を抱いていなかったのは明らかである。  それなのに、どうしてこんなところに居るのか。  本気で驚いている勇者に、魔王はつい舌打ちを漏らした。そうしてガイルを睨みつける。ガイルもまた、魔王を憎らしげに睨め上げていた。  

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