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第50話

  「……代わり?」 「そんなのは嫌だ。僕にだってプライドがある。……死ぬつもりで居たんだぞ。それなのにこんなことをされて、期待させられて、身代わりなんてごめんだ」 「貴様こそ、好いた男とやらは良いのか」  一枚、一枚と勇者を丁寧に脱がせると、魔王はとうとう勇者の穿き物に手を伸ばす。 「……もっとも、今更そちらが良いと言われても、すでに貴様は俺様に捧げられた身だ。逃げられるわけもないのだがな」  ずるりとそれを下ろせば、勇者も熱を持て余していたのか、中心が緩やかに主張していた。  微かに揺れるそんなところさえも愛らしい。魔王はじっくりとそこを見つめて、無意識に喉を鳴らす。 「……僕はもう、ガイルのことは諦めていた。ユリアスもガイルが好きだったんだ。スレイグに幻覚を見せられていたようだが、二人が抱き合っているのを見て、そのときに諦めなければならなかった。……お前にあんなことを言ったのは、ああでも言えば、離れられると思って……」 「ほう?」  魔王は一度唇に触れるキスをして、頬へと移した。そうして顔中にキスを降らせながら、勇者の体を確認するように意味深な動きで手を這わせる。  勇者の肌は心地が良い。吸い付くような滑らかさが癖になりそうである。 「あっ、ま、待ってくれ、魔王……僕は、」 「こっちがいいか」  キスを降らせていた唇が、胸元へと落ちる。  舌先が胸の突起をくすぐるように動く。勇者の背が震えて、甘く噛むたびに断続的に腰が跳ねていた。 「ん、いやだ、魔王、いや」 「いやいや言うな。止まらなくなる」  頭を押し返すように手を添えられたが、それで魔王が退くわけもない。反対側の突起も指先で摘むと、勇者が甘やかな声を漏らす。 (これはもう、俺様のものになったのか)  改めて思えば、気持ちはより深まっていくようだった。  ほかの誰が触れるでもない。どこに逃げられることもない。勇者はもう魔王の花嫁として、魔王とともに生きることになった。  ――魔王がミシェルと密約を交わしたのは、魔法石での会話を終える直前だった。ミシェルからの提案だ。自分は少し傍観しているから、犠牲は出ない程度に攻め入ってくれと注文を受けた。ミシェルいわく、ガイルとユリアスのおかげで緩んだ警備を今回の件で引き締めたいからできるだけ派手に、とのことらしい。  それから魔王は、勇者を魔王に捧げる代わりに永劫の和平を約束させられた。しかし魔王からすれば願ったりだ。魔王はそもそも侵略にも統制にも興味がない。そのため魔王は一も二もなく頷いて、すぐに王都へと向かった。  その途中である。魔王はふたたび、イリスに呼び止められた。 「お願い、アンセル。もう一度やり直したい」  魔王は案外、落ち着いてその言葉を聞いていられた。最初は驚きのあまり逃げ出してしまったけれど、今度は勇者のことばかりを考えていたからかもしれない。魔王は自分の気持ちに気付いていた。それが揺らぐこともない。 「……俺様はもう貴様とはやり直せない。愛していないんだ。不誠実な真似もしたくはない」  イリスの瞳が揺れる。 「あの人……?」  その問いかけで充分だった。魔王はその瞳を幾分柔らかに細めると、素直に頷く。 「……とんでもない男だがな。俺様は、あれが欲しいらしい」  言葉にすれば、あっけなく心に落ちた。  これまで考えていたことが嘘のように明瞭になる。疑問は一つもない。心はただ勇者だけを求めて、早く迎えに行きたいと気持ちばかりが焦るようだった。 「協力してほしい」  魔王の申し出に、イリスは戸惑いながらも頷いた。「あの人にも酷いことを言ったのかもしれないから」と言って、申し訳なさそうに眉を下げる。魔王はとにかく、数が欲しかった。だからイリスの能力で「軍勢」を出して、加勢してほしかったのだ。  問題は、イリス自身が血生臭いことが苦手なことと、筋肉質な男が嫌いであることなのだが、魔王はあえて知らないふりをした。嫌悪感で暴走してくれたほうが都合が良いからである。  そうしてようやく、勇者を取り戻すことに成功した。

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