51 / 55
第51話
「あっ、ぅ、魔王……!」
「苦しいか」
全身を舐め尽くした魔王は、勇者の蕾へと容赦無く指を挿れる。魔法で痛くはしていないつもりだ。けれど快楽が過ぎるのも体に負担がかかるからと、魔王は調整をしていた。そのさじ加減が分からないために、勇者は苦しいのではないかとそればかりが心配である。
しかし、勇者は自らの意思で脚を開いていた。拒絶もない。むしろ横目に魔王を見上げて、目尻をうっとりと垂らしている。
「……その目、やめろ。我慢ができなくなる」
誘うような瞳だ。以前に魔王を誘惑したときのような扇情的な色がある。
「本当に貴様は……この俺様を振り回す天才だ」
ナカを探る指はそのままに、勇者の上に乗り上げた魔王は躊躇うことなく口付ける。深く唇が重なれば、どちらともなく舌を絡めて互いに激しく貪りあっていた。
「ん、ぅ……ま、お……」
その声を聞くたびに、魔王の理性が一つ一つ壊れていく。
触れるたびに、熱を感じるたびに、本能が叫んで、暴力的な衝動が押し寄せる。
いっそ一気に突き上げて、ずっと繋がったままでいたいとさえ思えた。
「ぁっ、ん、」
勇者の腰が跳ねる。魔王の指がイイところを突いたのだろう。いやらしく腰を揺らして、限界まで勃起したそこからはだらだらと先走りを垂らしていた。
「……勇者……もう挿れるぞ」
魔王の掠れた声が聞こえた。勇者が目を向けると、衣服に隠されていた固いそれを、魔王がゆったりと取り出しているのが見えた。
服の上からでもどれほど興奮しているのかは伝わっていた。けれど実際に見れば違う。前回は後ろから突き上げられたから見ることはなかった。まさかあんな凶器のようなモノが自身を貫いていたのかと、勇者は思わず釘付けになる。
「そんなに見るな。興奮するだろう」
ピクリと、反り立ったそれが揺れる。
「……ま、魔王……待ってくれ、僕、僕は……」
「ここまで来て待ては聞けない」
先端が、勇者の蕾に触れた。
しかし入ってはこない。ぬるぬると蕾に擦り付けて、魔王の先走りで充分に入り口を濡らしている。
「い、嫌だ、魔王……僕は……」
動きが止まると、勇者が自身の顔を隠して、緩やかに首を振り始めた。
それは、明確な拒絶だった。
魔王の目の前が突然、真っ暗な闇に変わる。
勇者は受け入れていたはずだ。嫌だダメだと言いながらも、魔王を離すことはしなかった。キスをすれば応えた。脚も自らの意思で開いていた。今だって、逃げようと思えば魔術を使えば良いものを、そうするわけでもない。
けれど、言葉ばかりが拒絶を示す。
いったいどうしてと、魔王がそれを聞くより早く、勇者が言葉を続けた。
「僕は……代わりは、嫌だ。僕だけを愛してほしい」
勇者の頬に、一筋涙が伝う。
「代わり……?」
少し前にも、そんなことを言っていたような気がする。
それに自分は何と答えたんだったか。そこでようやく、勇者に愛を伝えていないと思い出す。魔王は勝手に気持ちを伝えたつもりでいた。というよりも、勇者を連れ去るときにあれだけ熱烈に「俺を選べ」と言ったのだから、伝わっていると思っていた。
――そうだ。そうだった。勇者は鈍感で馬鹿で天然だった。
分かっていたはずのそんなことを思い出して、仕方がないかと勇者を抱きしめた。
そんなところも愛おしいと思うのだからもう末期だ。きっと勇者以上に愛おしく思える存在など、魔王にはもう現れないだろう。
「……本当に貴様は鳥頭だな」
ため息まじりの言葉にも、勇者は反応を返さない。涙を拭っているのか、抱きしめられたままでもぞもぞと動いているようだった。
「俺様が言ったことを忘れたのか」
「……言った? 何か言ったか?」
「ああ、気が抜ける。貴様は本当に馬鹿だ」
「この僕に対してそんなことを言う愚か者はお前くらいだぞ」
そんな軽口なやり取りさえ、いつから楽しむようになったのだろうか。どれだけ思い出そうとしても、魔王には始まりが分からない。
いつから魔王は、勇者に心を傾けていたのか。
――魔王はイリスに裏切られた頃、魔力を弱めて、魔族の制御もできないほどには心を塞いでいた。単純に死にかけていたということもある。しかし復活できてもなお、魔王は散々なフラれ方を思い出すたびに胸を痛めて、すべてのことが億劫で仕方がなかった。
何もかもがどうでも良かった。魔獣たちが人間界を襲おうとも興味がなかった。むしろみんな死ねば良いと思っていたほどだ。それほど魔王の心は荒んで、しばらく塞ぎ込んでいた。
そんな、ある日のことだった。
いつもと変わらず、魔王は王座でだらだらと過ごしていた。世話役が「王座に座ってもらえると部下の士気が上がるので」と言うから、何をするでもなくそこに居ただけである。何を考えているわけでもない。楽しいことがあるわけでもない。魔王はただ気鬱なままで、暗い色を瞳に浮かべていた。
すると突然、頭上からガラスの割れる音が響く。
振り仰げば、天窓を突き破って落ちてくる男と視線がぶつかった。
弾けたガラスが乱反射して、幻想的で不思議な光景を生み出す。キラキラと輝くその中から慌てた様子で魔王に手を伸ばした勇者を、魔王は思わず抱きとめていた。
どうして上から。そんな疑問は不思議となくて、ただ衝撃だけが心に残る。
弾けたのはガラスだったのか、魔王の心だったのか。
それからはすっかり勇者のペースで、何度追い返しても勇者は魔王の元にやってきた。滅茶苦茶なことばかりを繰り返し、尻拭いはすべて魔王に押し付ける。
勇者は自由だった。どこから現れるかも分からない。何をするのかも想像がつかない。何を言い出すのかも、何を考えているのかも掴めない。
それでも、悪い気持ちにはならなかった。
いつからか、その姿を待つようにすらなっていたのかもしれない。
「また来たのか貴様。いいかげんに懲りろ」
そんなことを言いながらも、内心では浮かれていた。
まったく仕方がないな。こいつには俺様が居てやらなければ。――そう思うと、自然と温かな気持ちにもなれた。
ともだちにシェアしよう!