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第53話

    「――信じられない」  ベッドに力なくうつ伏せになる勇者に、魔王が魔力を注いでいた。  少々無茶をしすぎた自覚はある。あまりにも興奮しすぎて、何回したのかも分からないほどには腰を振り続けていた。 「……辛いか」  魔王の気遣う声音に、勇者は横目に振り返った。そうしてふんと鼻を鳴らすと、枕に顔を埋めてしまう。 「まあ、僕を相手に歯止めが効かなくなるのは仕方がない。自分を責めるなよ、すべては僕が魅力的なのが原因なんだ」 「それもそうだな。俺様は悪くはない」  ごふ、と、突然変な咳払いが聞こえた。照れるのならば最初から言わなければ良いものを。しかし勇者も変化した関係に戸惑っているのだろう。いつも通りを意識すればするほど、何を言えば良いのかも分からなくなるのだ。 「ノアは可愛いからな。あまり俺様を煽ってくれるなよ」  しかし魔王は気にもしない。  心身ともにすっかり弱りきった勇者にトドメを刺すと、その頭にキスを落とす。 「ぐぐっ……! おいやめろ、ずっとその雰囲気になるな。僕は美しいだけじゃなく控えめでシャイという愛らしい一面もある。僕が死ぬ。恥ずか死ぬ」 「それは困る。俺様は一途だからな、貴様が死ねば今度こそ人間界が終わる」 「ぐぐぐぐ!」 「あまり噛み締めるなよ」  クツクツと楽しそうに笑う魔王に、勇者は一発蹴りでも入れてやりたい気分だった。  勇者はこんなにも恥ずかしいというのに、どうして魔王はいつもどおりどころか、すっかり「恋人」を受け入れて甘やかになれるのか。  これまで二人はそんな雰囲気ではなかった。その変化に違和感はないのだろうか。もちろん勇者だって魔王とこうなれて嬉しいものだが、もっと段階的に受け入れていく過程があるはず。  自分ばかりが慌てていて情けない。それでも勇者は悔しいどころか嬉しいと思っているのだから、惚れた弱みとは恐ろしいものである。 「……これからは、お前と一緒に暮らすんだな」  小さな声で、勇者はポツリとつぶやいた。 「変な感じだ。ここにはずっと転移していたから、その必要もなくなるのか」 「……寂しいのか?」 「まあ、少しは。……楽しかったんだよ。お前に張り合うのは」  勇者にとって、関係の変化は良いことばかりではないのだろうか。  以前のままの関係であれば、勇者も「楽しい」と思えていたのかもしれない。魔王は勇者と恋人になれて浮かれていたが、勇者にとってはどうだろう。  もしかしたら、以前のままのほうが良かったのではないか。 「……勇者(・・)、」 「アンセル」  勇者がくるりと振り向いて、複雑な顔をした魔王を見上げる。そうしてニヤリと微笑んで、起き上がったかと思えばすぐに魔王に抱きついた。どうやら回復は充分にできたようだ。 「ゆう、」 「いいんだよ、これからはこれで。張り合うのも楽しかったけど、甘やかされるのも悪くない」  魔王はおずおずと勇者の背に腕を回すと、壊れないようにとそっと抱きしめた。  形勢逆転だ。今度は勇者が、魔王の腕の中で楽しげに笑っている。 「……貴様……」 「惚れた弱み、分かるだろ?」 「ああ、まったく。……これはどうしようもないな」  まいったと言わんばかりに微笑むと、魔王はぎゅうぎゅうと勇者を抱きしめて、そこにあった勇者のうなじにいたずらにキスを始めた。何度も何度も吸い付いて、舌を這わせる。羽織っていたシャツの裾をたくし上げて体に触れると、さすがに勇者が抵抗を示した。 「ん、待って……アンセル、今日はもう無理」 「……すまない。愛らしくてつい」  ちゅ、と最後にキスをすると、魔王は勇者をそっとベッドに下ろして、一人立ち上がった。 「そういえばさっき、先代が妙薬を置いて行ったな」  脱ぎ捨てた服から、薬包を取り出す。  胡散臭い先代から渡された、胡散臭い薬である。 「疲れたときに飲むと良いとも言っていた。ノア、飲めるか」 「む? 僕が? お前はいいのか?」 「俺様は魔王だぞ。疲れなどない」 「無尽蔵な絶倫男め……」  軽口を叩きながら、勇者がふらふらと起き上がる。魔王はすぐにそれを支えた。そうして薬包を勇者に渡して、水を持つ。 「おかしな味だな」 「薬を味わうな、飲め」  勇者がそれを飲み干したのを確認して、ふたたび勇者をベッドへと寝かせる。魔王は着衣すべく、ふたたびベッドから立ち上がった。 「……なんだかおかしな感覚だ。体内がぐちゃぐちゃにかき回されているような感じがする」 「なんだその感覚は。……先代はかなり変わり者で大雑把な男だが、信頼だけはしてもいい。俺様の魔力が半分貴様に移ったときにも、何も言わずに人間界を守っていた。そんな男の旧友が作った薬だ。胡散臭くはあるが、悪いものでは、」  着衣した魔王がようやく振り返った。  言葉は不自然に途切れる。魔王は一瞬勇者を探して、ようやく見つけたところで頬を引きつらせていた。 「……あれ? まおう、なんかおおきくなったか? む? ぼくのこえ、なんだかたかい?」  舌ったらずにそう言うと、勇者は自身の小さな手を見下ろしていた。  顔は勇者だ。間違いない。けれど肉体がどう見ても、先ほどまでの勇者とは大きく異なっていた。  端的に言えば、子どもだった。それもまだ十歳程度の男児である。 「わあ! まおう、みてくれ! ちぢんだ! ぼく、かわいい!」  末恐ろしい十歳児の勇者は、近くにあった鏡を見ても嬉しそうに笑っているだけだった。  ようやく。ようやくだった。ようやく勇者と気持ちが通じて、これから二人きりの濃厚な蜜月を過ごそうというときに――そこまで考えて、魔王はやっと、去り際の先代の表情の意味を知る。  もしかして、これは元々魔力を戻す薬ではなかったのではないだろうか。 (……そうだ、そもそも俺様だって、こんなもので魔力が戻るわけがないと違和感を……)  つまり。  魔王は先代に遊ばれたのだ。 「ノア、前言撤回だ。あの男だけは信頼するな。口もきくな。目も合わせるな。関わるんじゃない。あいつこそ本当の悪魔だ」 「む? そうか。ところでぼくは、どうやったらもどれる?」  きゅるんと愛らしい角度で、勇者が首を傾げた。絶対に分かってやっている。それに胸を締め付けられながら、自身には男児趣味はないぞと何度も言い聞かせて、魔王はひとまず勇者に服を着せた。  

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