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第2話 無垢であるということ

 御前会議が終わり、執務の邪魔にならぬよう、ゐ号は八尋のすぐ左斜め後ろへ控えていた。右斜め後ろにも同僚が控えていたが、ゐ号は彼らと親しく打ち解けることはしなかった。  ゐ号の花街出の優種という特異な出自がそうさせるのだが、周囲はそれを誤解し、お高くとまっているゐ号を「零番」と陰で呼称した。  これは四十五人いる伽役の元であるゐ号を劣種の「核」として揶揄するもので、言われて気分のいいものではなかったが、ゐ号はあえてそれに甘んじていた。 (わたしは……醜い)  せっかく八尋に取り立ててもらったにもかかわらず、副隊長という重責を担いながら、馬術も剣術もそこそこだ。もちろん、日々研鑽を怠ることはなかったが、親衛隊に入る者は最低限、優種であることが条件として課された上で、多くは必須の武道や馬術の他に、天文に精通したり、地理に明るかったり、何がしかの特技を持つ。代々、そうした特徴のある家系に生まれ、幼少期から叩き込まれた賜物の知識であったり技術であったが、花街出の変わり種であるゐ号には、優種であるという特徴のほかは、花魁から教えてもらった刺繍や編み物や繕い物の知識こそあれど、専門分野では到底誰にも太刀打ちできなかった。  それに加え、ゐ号はおそらく一代限りの子を成せない優種であろうと、周りも当人も、そう推測していた。劣種から生まれた優種には、なぜか一定の割合でそういう特徴を持つ者が出る。複製体の伽役たちにつらく当たるのは、出自の卑しさを思い知らされるからだとゐ号自身、自覚している。彼らに当たったところで己が変わるわけではないのだが、他の者に対するように、冷静な目で平等に接することが、どうしてもできなかった。  そんなゐ号に名を与え、生きる術を教え、試練を課し、親衛隊に就かせたのは八尋だった。花街から出たゐ号は、八尋の傍で過ごすのがとても嬉しく、その待遇に心から感謝していた。  優種であろうと、中種であろうと、劣種であろうと、能力に応じ均等に機会のある国にしたい、というのが八尋の望みだった。ゐ号は八尋の掲げる政策の一環として、旧弊な考え方を持つ貴族や官僚たちの反対を押し切り、親衛隊員として職を得た。そして、その役目こそが自分の負うべき運命なのだと、固く信じていた。  伽役にもなれない中途半端な親衛隊副隊長。  そんな揶揄にゐ号が甘んじているのは、八尋の夢のためだった。閨で八尋の寵愛を受けることができずとも、自分は八尋の役に立てている。ゐ号が焦燥から、負けじと研鑽を積み続けているとしても、その葛藤を八尋に明かすことは決してなかった。  ゐ号と名乗るようになる前の自分を、価値のないものとして切り捨ててきた。妓楼の中でゐ号が無垢なままでいられたのは、色とりどりの花を髪色に合わせて飾ることの多いこの国で、極めて珍しい黒髪を持っていたからだ。  ゐ号はただ、それを幸いだと思っていた。

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