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第6話 寵愛(*)

 伽役ですら出したことのない声を上げ、これからどうなってしまうのか、ゐ号は慄いた。身体が発情の甘い匂いをばら撒いているのが、ゐ号自身にもわかった。  まるで熟れて落ちる寸前の果実のような、蕩けるような香り。それが八尋を尋常でない状態へと駆り立てようとしていた。 「俺に触れよ、ゐ号」  静かに震える雛鳥の指を手に、八尋はそっと促す。 「し、しかし……っ、御身にそのような……っ」  親衛隊職に就いているとはいえ、元は花街の下働風情だ。八尋が汚れることを、ゐ号はおそれた。 「かまわぬ。ここには俺とそなただけだ。これも、悪いものではない」 「あっ……!」 「痛いか? それとも、良いか……?」  そっと布地の上からなぞられただけで、声が出てしまう。ゐ号の下腹は既に硬く漲っており、少しの刺激ですらつらいと感じるまでになってしまっていた。  八尋に何を望んでいるのか、千々に乱れて考えることができない。その癖、身体は痛いほど、欲求に従いたいと叫んでいる。 「は……っ、は……っ」  思考が奪われたように頭が働かず、滲んだ視界に八尋を確認するだけだと言い訳をして、やっとゐ号は恐々視線を上げ、手を伸ばす。その手をがつりと掴んだ八尋は、自身の前立てを開き、零れるように覗いた逞しい熱に、直に触れさせる。 「あ……、はぁ……っ」  濡れた先端は鋼のようで、凶悪な角度に反り返り、不思議なほど滑らかだった。血管の浮く幹はどくどくと力強く脈打っている。これであれをしているのだと、八尋のあられもない姿を想像してしまったゐ号は、恥じらいに眸を伏せた。 「あ、ご勘弁を……っ、あ、あっ……!」 「く……」  触れるだけでみるみる巨きくなる八尋に、淫らな連想をしてしまう。ゐ号が身体を捩って手を引こうとすると、八尋が強いて己のものを握らせた。 「俺の形だ。覚えよ。そなたがこうさせたのだ、ゐ号」 「あぁ──……っ」  刹那、涙が零れ落ち、瞬きをすると目尻を拭われた。そっと唇が重なり、ちゅ、と下唇を吸われる。 「雛鳥よ……」  目の前に湖の底のような深い眸がある。まっすぐゐ号を射抜くそれは、苦しげに歪んでいた。その理由が己にあることをを悟ったゐ号は、悦びが身体を駆け抜けてゆくのを感じた。 「陛下……っ、へい、か……っ」  ゆっくりくちづけをするうちに、ゐ号は無意識に八尋の着衣に縋り付いていた。爪を立ててしまっており、慌てて手を引くと、同時に八尋が寝台の上に置いてある、蓋の付いた白い磁器製の壺から、一口大の飴のような丸いものを取り出した。  口に含み、そのまま口付けられる。 「んぅ、……っ」  カロン、と音がして、八尋の口内にあったものが口移しにゐ号の口中へと移動する。甘い花の匂いがして、味蕾に吸い付くような心地よい感覚にゐ号が戸惑いを見せると、八尋は安心させるように囁いた。 「俺の体液からつくられたものだ。害はない」  臓腑に染み入るようにして、舐めるたびに甘さが増してゆく。砂糖水を練って固めただけのような単純な味なのに、小さくなってゆくに従い、身体の芯に火がついた。 「ん、んっ……」 「飲み込め。嚥下しろ。そうだ。……上手いぞ、ゐ号」  まるで雛鳥に餌をやるかのように、ゐ号に手ずからそれを与えた八尋は、もやつく熱を孕んだゐ号がむずがるのを、髪をゆっくり梳いて、宥めた。  頭皮に触れる指先の熱が心地よい。下肢は既に限界を迎えていて、着衣の中で、数度、蜜を吐いていた。最初に触れられて、一回。口付けられてから、二回。しかも達したあとに終わるかと思われた熱は、さらに増幅してゆく。  このままでは醜態を晒してしまう。触れられたくて気が狂いそうなのに、触れられたところから蕩けてしまいそうだった。 「良い子だ……」  だが、そんなゐ号を八尋は甘やかす。 「北の隠し廊下を通り、忍んできたのだな? 大方、伽役に抑制剤でも分けてもらいにきたか」  耳元で囁かれる声は、鼓膜を犯し、脳髄で反射を繰り返すたびに、快楽を増幅するようだった。もはや、こくこくと頷くことしかできなくなったゐ号に、八尋は笑んだ。 「初い奴よ」 「ぅ、ぁ」  八尋の掌で優しく宥められ、そっと口付けを落とされると、まるで許されている気がして、次第に深部の筋肉が弛緩するのがわかった。いつの間にかそうして三つほど飴を蕩かし飲み込まされ、気づくとゐ号は軍装のボタンをすべて外され、八尋の前に肌を晒していた。  ゐ号が落ち着いたのを見て取った八尋が、「少し待て」と身体を離す。途端に心細くなり、だが、寝返りを打つのも気怠いほどの熱に侵され、頭が働かなくなっていた。  戻ってきた八尋がゐ号に再び覆いかぶさると、また同じように髪を梳き、触れるだけの口づけをされる。 「人払いを頼んできた。声を聞かれたくはなかろう? 何も心配はいらぬ。大丈夫だ、ゐ号」  そなたはここにいてよい、と何度も繰り返され、ゐ号は思考の輪郭が次第に滲んでゆくのを感じた。ゐ号から抵抗が去るのを確認したのちに、八尋はやっと、ゐ号の下衣をほどいた。  何度も密かに吐精したため、下着の中はぐしゅぐしゅに濡れていた。八尋にそれを暴かれたゐ号は、力の入らなくなった身体で恥じ入った。 「も、申し訳……」  己の最もみっともない場所を晒した羞恥に身を竦ませていると、八尋はそれを笑うでもなくいなした。 「謝ることなど何もない。ゐ号」 「し、かし……っ」 「悪いと思うのであれば、少し腰を上げてくれると助かる」 「っ……」  命令調でない八尋の濡れた声に、ゐ号の中の何かが強く反応する。花の匂いのような香りがむせ返るほど増し、鼻腔を通じて脳まで犯される気がした。  羞恥に染まりながら、ゐ号が無言のまま応じると、八尋も纏っていたものをやがて脱ぎ捨て、肌を重ねた。 「膝を立てて奥を見せてくれぬか、ゐ号」 「陛下……っ」 「無理に拓かれるのは嫌であろう?」  言いながら、八尋が膝裏に掌を差し込んできた時、舌を噛み切ろうかと思った。 「お……お願いでございます。何でもいたしますから、どうか後生です……っ」  縋る目で見ながら、身体はとうに限界を迎えている。膝裏を持たれたわずかな刺激で吐精し、八尋の目の前で屹立の先端から白濁がとろりと溢れると、それを目の当たりにした八尋が、眦を染めた。 「──そなたの奥が見たい」  耳元でそう囁かれる日を、願ったことが一度もなかったと言えるだろうか。 「あっ……!」  膝を割られ、立てさせられたゐ号が赤面した顔を背ける。ゐ号の願いとは裏腹に、反り返ったものが八尋の視界に入り、もう死んでしまいたいと思った。 「っ」 「……これほどまでに」  呟かれたその声が憐れみに満ちていて、身の置きどころがなくなったゐ号を、八尋は優しく抱きしめた。 「つらかったであろう。よく我慢した」 「……っぁ、っ……」  触れる肌が熱い。心臓の音が煩く鳴り、耳鳴りさえする。これ以上は死ぬ、と思い、八尋を拒もうとした時、そっと腰のあたりを撫でていた八尋の手が、後蕾へと潜り込んだ。 「っ……ひぅ」  そんな汚いところへ、御手を触れさせるなど、あってはならない。なのに、ぐっしょりと濡れたゐ号の蕾は、初めての侵入を悦んででもいるように震え、その指を締め付けた。 「陛下、へい、か……っ、あああっ……!」 「熱い、な」  中で指が曲げられる。  多少強引にねじ込まれたとしても、濡れそぼったそこは容易く八尋を受け入れ、招き入れるように波打った。隘路を進まれるだけで、きつく閉じていたはずのゐ号の秘所は、痛みも感じず、ただ悦楽にわなないている。 「ゃっ……ぁ、ぁぁ、ぁ……っ!」  八尋の指戯に、簡単にいい場所を暴き立てられてしまう。どころか、ぎゅ、とはしたなく締め付けてしまっている上に、指を招き入れるように、そこが蠢く。 「あっ、あ、あ、あ、ああ、あ……っ」 「そう急くな。少し緩めよ。……これでは俺のが入らぬぞ」  八尋はどこか慈しむように溶けたゐ号の内部を検め、そこへ己の存在をあてがった。 「挿入るぞ、ゐ号……っ」 「はぁ……っ、は……、は……っ」  どろどろになった下腹を晒し、脚を蛙のように曲げ、八尋のあれを腹におさめようとしている。その圧迫感に耐えられず喘ぐと、八尋が切なげに目を細め、髪を梳き、肌に宥めるように触れてくる。 「あ、あ……ああ、あ……っ!」  先端が挿入った瞬間、自慰の時の何倍もの快感が身体の奥で弾け、ゐ号を満たした。何の前触れもなく、再び弾けさせてしまった茎は、萎えるどころかますます血を滾らせている。 「あ……なん、で……っ」  腰をくねらせ、甘えるゐ号に八尋はひとつ息を吐くと、そのまま一息に突き上げてきた。 「あああああ……っ!」  視界がぶれて、焦点が一時、ぼやける。が、すぐに視界いっぱいに八尋の酔ったような顔が映った。もう、自分が泣いているのか、震えているのかすらわからない。ただ、八尋の熱が下肢に打ち込まれるたびに、ゐ号は経験したことのない快楽を味わった。 「っ……そろそろ、効き時のはずだが」 「ぇ……? ぁ──?」  八尋の囁きとともに、ぐにゃりと視界が歪み、感覚器官が鋭さを増す。腹の中にあるとてつもない熱を抉って欲しくて、ぐちゃぐちゃにかき回して、突いて欲しくて仕方がなくなる。 「ぁ、ぁ──……っ!」 「く……、するぞ、ゐ号……っ」 「ひ、ぁあぅ……っ!」  めり、と音をさせて、八尋の太いものがゐ号の中でさらに質量を増した。それも初めてなのに、痛みの感覚などなく、薙ぎ払われるように壁を削られ、奥へと進む。そうして貫かれたかと思うと、ずるりと半分ほど引き抜かれ、再び押し入られた。 「あ、あ──……っ!」  伽役の中にも、こんな甘い声を出す者はいなかったはず。 (なのに、わたしは──……) 「あ、あああ、ああ、ああああっ……! あああああ……っ!」  衝撃をやり過ごすために、声を上げ続けるより他にない。身体がばらばらになってしまいそうな強い悦楽が、ゐ号に深く刻まれる。 「ゃ、ゃ、欲しぃ……っ!」  八尋が様子を確認するために一時、止まると、ゐ号はその腰に脚を絡めてねだった。おねがい、して、と吐いたことのない種類の言葉でせがみ、八尋が奥までくることを祈る。同時に八尋も快楽を得たのか、ひとつ息を吐くと、今度はゆっくりと確信を持って腰を動かしはじめた。 「ゐ号……っ、ゐ号……!」 「あ、ああ……っ、もっと……!」  やがて探るようだった抽挿は、信念とともに穿たれる動きに変わってゆく。それを促すように、ゐ号は無意識のうちに乱れた。  見上げると、八尋が眦を染め、ゐ号を見下ろしている。  こんな顔をしていたのか。  こんな表情で伽役たちを。  こんな風に抱いていたのか。  こんな風に、愛し、果てていたのか──。  嵐のような体験に、心が軋んで折れる気がした。この経験を、八尋がゐ号以外の誰かと共有した事実が、ゐ号の心を重く竦ませる。同時に、たった一時であっても八尋がゐ号を求め、乱れてくれることが嬉しかった。  ──嬉しいと、思ってしまった。  ゐ号の世界が音を立てて崩れゆく、骨が軋むほど抱かれ、四肢が痺れるほど求められ、声が枯れるほど泣き、涙が乾くほど喘ぎ、果て続けるが、快楽は湧き出す泉のように決して涸れることがなかった。  子種をたくさん注がれて、腹の中がもったりと重くなる。  それでも、求め続けた。  泣き疲れ、落ちるように絶頂を終える頃には、いつしか外が月夜に変わっていた。  八尋が何度目になるかわからぬ吐精をし、逞しい腕の中にゐ号を抱いたまま、うつらうつらと短い眠りにつきはじめるまでのわずかな時間。 「泣き過ぎたか。顔が変わってしまったな」  月の位置から夜明け近くを悟る頃、八尋は腕に抱いたままのゐ号の目尻を指の背で静かに撫でた。 「……まだ欲しがるか。だが、これ以上は身体が持つまい」  あさましく収縮を繰り返すままならぬ身体にゐ号が羞恥すると、八尋が優しくそれを宥めた。まだ抜かれぬままの屹立が、硬度を保ったままゐ号の中で脈打っている。 「夜明けまでいよ」  こんなにしてしまって、もう誰にも合わす顔がない、とゐ号は隅に残る意識で考えた。逃げるように身体を起こそうにも、関節も筋肉もそれを許そうとしない。どころか、ぐちゃぐちゃに蕩けてしまっているのがわかった。  力尽き、涙にくれながら、八尋に気まぐれに与えられた恩寵を嬉しく感じる矛盾の中に、ゐ号はいた。 「そなたを抱く日がきたことを、俺は嬉しく思うぞ、ゐ号」  劣種を忌み嫌っていた。  ただ、寵愛を受けるだけの役立たずとして。  しかし、発情したゐ号は、八尋と寝る、ということが、どういうことかを知ってしまった。  劣種堕ちしてしまった以上、もう八尋のことを守れなくなる。親衛隊副隊長として、傍に仕えることだけが、ゐ号にとっての存在意義だったのに、だ。 「ぅ……」  ゐ号は八尋により温もりを刻み込まれるように抱かれ、乱れた己のことを、すべて覚えていた。  この日、ゐ号はすべてを失い、ひとつ、八尋の寵愛を得た。

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