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第8話 夜の練兵場
練兵場を訪れると、夜勤前の兵士たちがまばらにいるだけだった。昼間はもっと活気があるが、人の少ない夜の方が、鍛錬には向いている。
伍条はゐ号を振り返ると、すらりと自らの刀剣を鞘から抜き去った。
「少し打ち合うぞ」
「は……」
伍条が何を考えているのかわからぬまま、ゐ号もまた殺気を放った伍条に応えるように剣を抜いた。
「一本勝負だ。こい……!」
言うなり踏み込み、ゐ号の頚動脈めがけて刃が飛んでくる。
金属の激しく擦れる音が、練兵場に響き渡った。容赦なく襲いくる伍条の剣をいなすので、ゐ号は精一杯だった。
数度、打ち合ったあとで、伍条の踏み込みの速度が増す。防戦一方にさせられたゐ号は、攻撃を打ち防ぎ、流しながら、やがて身体に芯を通すように気を練り上げると、一気に攻勢に出た。
互いに紙一重の攻防が続く。
剣を交えること五十回を超えた頃、体力で不利な状況にあるはずのゐ号が、突きに転じ、伍条の喉元へ刃を突き立てる寸前で止めた。
「はっ……、はっ……」
「お前の勝ちか、ゐ号。……だが、息が上がるのは体力の無さからだな。早くに仕留めようと思えば幾らも隙があったろうに、手加減したか。悪い癖だ。お前に同士討ちは無理だな」
「手加減など……っ。何の、おつもりですか」
「わからぬか?」
「え?」
乱れた息をどうにか戻しながら、伍条に促され、周りを見る。すると、いつもなら練兵場で淡々と鍛錬をしているはずの兵士たちが、いつの間にか伍条とゐ号を囲っていた。
ゐ号が剣を鞘におさめると、まばらに拍手や口笛が飛ぶ。
「いったい……何なのですか?」
衆目を集めることを好まないゐ号が眉をしかめると、伍条が笑った。
「わからぬところがお前の未熟さだ。幾つになった? ゐ号」
「二十三です」
「若いな。まだ伸びる。およそ私の年齢の半分ではないか」
「……」
それが何なのだとゐ号が思っていると、伍条も剣をおさめた。
「お前はこれからだということだ。それを知る者は、多いほどよい。ゐ号」
伍条がゐ号に不意に向き直った。眸が真剣な色を宿している。
「お前はうちに留め置く。陛下の御意志ではない。私が、そう決めたからだ」
「え……? しかし、っ……」
去ってゆく伍条の背中を追いかけようとするゐ号に、片手を振って話は終わりだと伍条が示す。
「剣の腕も落ちていない。処理能力も然り。何より、お前は忠誠心が強い。だからだ。明日に備えよ、ゐ号」
極東遠征が近いぞ、と若い頃、暴れ者だったと噂される伍条は、そのまま去っていった。
ゐ号はぽかんとしたまま、要するに提案を拒まれたのだと、伍条を見送ったのちに、ぼんやり悟った。
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