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第10話 心のままに(*)
「ちょ……っ、陛下……!」
寝所はこっくりとした甘い匂いがした。
安眠できるように花の蜜を練り固めた蝋燭が、いつも焚かれているせいだ。その匂いが今日はやけに艶めかしく感じられた。
「陛下、何を……っ」
寝台に突き飛ばされると、あの時のことが思い出されて、身体が竦んでしまう。
八尋は腰の剣を外し、手首と襟元を緩めると、ゐ号の片方の足首を掴んで引いた。
丸腰の八尋を見るのは、これで二回目だ。
しかも、ゐ号は帯剣している。誰かにこの場を見られたら、刺客と勘違いされ、斬られても文句は言えなかった。
「そなたには、本来、優種がどんなものであるかを、教える必要がある」
「え……?」
ゐ号の剣をベルトごと外し、音をさせて床に投げ打つ。八尋はもがいて手を伸ばすゐ号の手首をぐいと乱暴に引き寄せた。
「あっ」
憂える強い視線とともに、八尋に強いられる。
「触れてみよ」
「っ」
「これが何か、わかるか。ゐ号」
「ぁ……ぁ……っ」
着衣の上からゐ号が触れたのは、八尋の屹立だった。
「そなたを欲しがるのは、ただ俺の意志だ。だが、劣種の前では、優種はただの男になってしまう。この俺であろうと、そうなのだ、ゐ号。最初に抱いた時から、いや……あの花街でそなたと出会ってからずっと、俺はそなたの虜だ」
「陛、下……」
八尋は滲むような声で言うと、下衣をくつろげ、剛直を取り出した。
「見るがよい」
「っ」
先端が張り出し、天へ向かって反り立っている。八尋のそれは、長くしなやかな幹に筋が浮き、脈打っていた。八尋はゐ号の手に手を重ね、自身を握るよう強いると、ゆっくり上下にその手を動かしはじめた。
「そなたが欲しい。ゐ号」
「ぁ……ぁ、あぁ……」
「これはその証拠だ」
ぬちぬちと扱かされ、先端の切れ目から透明な蜜が滴る。ゐ号の手を借りて、八尋が昂ると、それだけでゐ号も中心が滾った。その手が次第に速さを増してゆく。ただ、掌を刺激されているだけなのに、そこから白く弾けるように性感が高まってゆく。
「陛、下……っ、陛下……っ、あ、ああ……っ、後生です、陛下──……っ」
両脚に乗りかかられているため、暴れることを封じられている。
「俺を欲しがるか?」
絞り出すように囁きかけ、八尋はゐ号の軍装を片手で器用にほどき、その幹を掴んだ。
「っ……」
興奮を八尋に悟られ、ゐ号は激しく羞恥する。その心をこじ開けるようにして、八尋は命じた。
「心のままに、俺を欲しがれ」
背中を支える枕のために、ゐ号の身体は「く」の字型だった。ゐ号の腰を跨ぐようにいざり寄った八尋は、ゐ号の雄芯と己のそれを重ね合わせ、ひと束にすると、ゆっくりと扱き上げていった。
「あ……ああ……っ、陛下、へいか……っ」
ついにゐ号が意志を曲げ、こくこくと頷く。八尋の強い匂いが鼻腔から喉の奥へと吸い込まれてゆく。独特の、何か花の匂いに似たそれを識別した途端、ゐ号の理性は崩れた。
「あ、あ……っ」
出したい──。
握られた茎から伝わる悦楽が、肺を、そして腸を満たしてゆく。劣情を煽るかのように繰り返される刺激が、八尋によるものだと認めただけで、我慢ができなくなった。
「あああ……っ、あ、ああ……っ」
欲しがるあまり、爪先がぎゅっと縮む。与えられる快楽よりも、より深く強いそれを望み、与えてくれる唯一の存在である八尋に、ついにゐ号は哀願した。
「あ……っ、お願い……っ、お願いです……っ、ああ……っ」
あれを、して欲しい。
後孔を八尋の屹立で穿たれたい。めちゃくちゃに擦って、奥を突いて欲しい。こんな欲求は異常だった。けれど、ゐ号の身体も心もそれを欲してしまう。
じゅく、くちゅ、と卑猥な音を立て、ふたり分の幹が扱かれ続ける。強弱を加えながら、時に優しく焦らすように、遊びの時間を引き延ばすかのように動かされると、もうたまらなかった。
ゐ号の先端は透明な蜜を吐き続け、甘い痺れが全身を駆け抜ける。腰をがくがくと震わせ、もっと確かのものが欲しくて、頭がおかしくなりそうだ。
「欲しいか、ゐ号……っ」
「ああ、あああ……っ」
目前に透明度の高い湖の底のような眸がある。唇をそっと食まれ、ゆっくり吸われると、それに応えたくなってしまう。息継ぎのために閉じていた唇を開くと、八尋はそこに親指を滑り込ませ「そなたを抱きたい」と囁いた。
気づいた時には、ゐ号は強く頷いていた。もう逆らえない。求める気持ちが強くなりすぎて、それ以外のことが考えられない。
「な、中、に……」
羞恥に染まりながら吐息を吐くと、八尋は双眸だけで笑んだ。
もどかしげに衣服を脱がされ、ふたりとも裸になる。ぴったりと抱き合うと、ゐ号は両腕を八尋の背中に回した。前戯もそこそこに、八尋がゐ号の中へと押し入ってくる。
「はっ……っ」
熱い身体。
甘い吐息。
ゐ号が声を抑えようとして噛んだ手首を八尋が引き寄せ、そこに口づける。
「そなたが欲しい、ゐ号。俺を──欲しがれ」
催淫作用のある飴もなく、合意の上の交合だった。中が八尋の出したもので満たされるまで、まともにものを考えられなくなるような、強い抱擁。
ゆっくりと深みに落ちてゆく。
そんな交わりだった。
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