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第11話 劣種堕ちの烙印

「辞職は許さぬ」  交わりを終え、果てた寝台の上で八尋は呟いた。 「そなたは今の地位に留め置く。伍条とも話したが、それでよいのだ」 「しかし……」  国王直属の親衛隊副隊長の座を、劣種堕ちが担っていたのでは、他国への示しがつかないのではないか。こうした噂はすぐに広まる。それが、いつ王城内での権力闘争に発展してもおかしくない。  その可能性に気づかぬ八尋ではないだろうが、頑なにその一点について、ゐ号との間で平行線だった。 「劣種になったからといって、そなたの能力に以前より劣る点があるか?」  そう尋ねられると、ゐ号自身にも覚えがないため、うまく説明ができない。 「ですが、劣種には発情期が。その間は……薬を服用しても、万全とは言えません。そんな状態の者を親衛隊内に置いては、他の兵らに示しが……」 「逆だ、ゐ号。我らは多様性を許容してこそより強くなり得るのだ。それに、そなたがつがいを持てば、発情することもなかろう」 「それは……」 「優種ができることは確かに多いが、劣種に変化しただけで、優種の能力が損なわれたという事例は聞いたことがない。俺が知らぬ間にそういう説が出たのなら、教えてくれ」 「それは……、ございませんが……」 「そなたの口から出る劣種という言葉を奪ってしまいたい。だが、それができぬのであれば、そなたは、俺を支える最初の劣種となれ。それでは駄目か?」 「そのような言い方で、わたくしを持ち上げないでください。道を誤ります」  ゐ号を高く評価してくれる八尋の気持ちは有り難かったが、重責も感じた。ゐ号の振る舞いひとつで、今後、中王国に生きる劣種の評価が決まるのだ。八尋はそれを、ゐ号に体現してみせよと言っていた。ゐ号は、自ら前例となり、極東遠征にも耐え得ることを、証明せねばならない。生半な道ではなかった。 「不安がるな、ゐ号。と、言ってもそなたは生真面目に悩むのだろうな。だが、ひとりでないことだけは、肝に銘じておけ」  中に残ったままの八尋が、身じろぎをすると感じてしまう。今までうなじと劣紋を捧げられる相手は、八尋以外にないと思っていたが、もしも八尋が望むのならば、別の相手とつがうことも覚悟すべきかもしれないとゐ号は考えた。 「……わたくしは、堕ちた者。軽蔑されるのが、少し怖いです」 「誰にだ? そなたが俺を軽蔑するならわかるが」 「これまで劣種とは、その、距離を取ってまいりましたゆえ……、わたしは、彼らにすら劣る存在になりたくないのです」  劣種というだけで、ゐ号は伽役たちを下に見ていた。己の存在が、彼らよりましだと思い込むことで、自尊心を満たしていたのかもしれない。みっともない話だった。 「劣種が何にどう劣ると考えているかは、先ほど聞いた。そなたにしては、粗末な論だな。優劣でなく個性と考えることはできぬか? 白い色が優れていて黒い色が劣っていると論じることに、何の意味がある? いずれにせよ、皆が見ぬふりをするのは、そなたを慮ってのことだ。卑下することはない。それに──隊の士気ならば、俺が上げればよかろう」 「陛下……」 「今回のことは、そなたには災難であっただろうが、良い機会だったのだ。そなたの目が開かれたのだからな」 「申し訳ございません……」  ら号の恐縮する顔が脳裏で線を結ぶ。彼らに感情があることすら、認めずに生きてきた見識の狭さを、ゐ号は実感した。どれほど冷たく、無理解だっただろう。 「──わたくしが愚かでございました」  それでも伽役たちは、ゐ号に嫌な顔ひとつすることがなかった。己の分をわきまえよ、と言われ続けたせいで、きっと普通だったら育つはずの自尊心が、縮こまってしまっているのかもしれない。哀れなことをした、とゐ号はそれに関与したであろう己を省み、後悔した。  八尋はそんなゐ号をすら、受け入れ、諭し続けてくれる。ゐ号を見込んでいなければ、そんなことはしないだろう。 「謝らずともよい。もう二度と、劣種が劣っているとは思うまい。それで、俺は充分だ」 「はい──」  八尋の強い信念に、ゐ号はあらためて尊敬の念を抱かざるを得なかった。

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