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第15話 瑕

「俺が、悪かったのだ」  そんな暗い顔をさせたくて、あの戦を闘い抜いたわけではない。  が、青龍のことを折に触れて問われるたびに、八尋の面影は曇った。  生きていれば、八尋の父と同い年だった青龍の抜けた穴は大きく、戦後処理の慌ただしさの中、八尋とゐ号の口約束もうやむやになってしまった。あの戦いが終わって以降、双方の間にぎこちない空気が流れるのを知らぬ者はなく、王都へ凱旋後、地図室により、国境線の引き直された新たな地図が上がってきても、しばらくの間は沈んだ空気が流れるばかりだった。 「青龍将軍が斃した幹部が二人、八号が斃したものが同じく二人、八尋国王の斃した中にも極東帝国軍の将軍級が一人、戦果としては、まずまずかと」  報告によると、敵方の損耗は四割近くにのぼっており、異民族軍を入れるとその数はさらに膨らみそうだった。概ね不意を突かれた形にしては、中王国軍側が二割近くの兵を失したことと比べると、そこそこと言えた。 「特に青龍将軍麾下の左壁後方死守による損害は、全体の損耗率の六割に達しておりました。兵の遺族には速やかに保証を行い、鎮魂の儀を執り行う準備にかかります」 「──頼む。特に兵の遺族らに対しては、滞りなきよう、しかと取り計らってくれ」  報告を聞いた八尋がため息を漏らした。命と引き換えに青龍の剛勇は再び轟いたが、現実問題として互いの損害があまりにも大きすぎたため、兵力増強が急務となりのしかかってきた。 「しばらくは両国とも戦はできぬな」  朱雀が呟くと、玄武、白虎もまた頷いた。先代の国王時代から続く四天将軍の一角が欠けたことを、彼らもなかなか受け入れられない様子だった。 「異民族への対応はどうだ?」 「はい。外交省あてに使者が遣わされ、和議の申し込みがされました。長く中王国との貿易実績があるにもかかわらず、今回の戦で敵方に回ったのは、彼らの間で政権交代があったせいでした。が、大きな損害が出た上に極東帝国軍との口約束も果たされず、我が国との和議には積極的な姿勢を見せております」  会議が終わり、皆が暗い気持ちの中、ほっと一息ついたところだった。ゐ号も伍条の傍らで、左腕に青龍を弔う墨染色のリボンを留めていた。勝ち戦とはいえ、戦場で八尋の手を拒んでしまった左手が、未だに痛んだ。八尋の顔を見るたびに、腹の中に重い石を抱えたような気持ちになる。 「青龍の国葬の日程も、決めねばな……」  八尋が立ち上がるととももに言った。 「皆、こたびの戦、大義であった。我が国の国境線を犯す者は、何人たりとも捨て置かぬと、極東帝国をはじめ、各国に広く我が国の主張が知れ渡ったであろう。よく身体を休め、引き続き職務に当たって欲しい」 「はっ」  拝跪した一同を見回し、八尋が会議から去ると、その背中を二名の若い親衛隊員が守るようにして退出していった。ゐ号はその姿を見守りながら、己の左腕に留められている弔いのリボンに触った。八尋をはじめ、王城内を行き交う人はすべて、鎮魂香の焚きしめられた喪章のリボンを付けている。  ゐ号が伍条とともに退出しようとしたところ、その先を、朱雀と白虎、それに玄武が塞いだ。 「ところで、だ、ゐ号」  舌鋒鋭いことで知られる朱雀が腰に手をやり、言った。四天将軍に睨まれて平気でいられるほど、肝の据わった者は少ない。伍条が「……道を塞いでおりますが」と促せば、青龍とともに左壁を守り抜いた朱雀が口を開いた。 「後ろに控えている黒髪を、少し貸してもらいましょう。伍条」 「何の御用で?」  伍条が再び眉を寄せ、朱雀を睨んだ。 「その者が親衛隊に加わることを、あれほど強硬に反対していた貴方が、よもやその劣種堕ちをかばうとは」  朱雀が揶揄すると、伍条がずいと前へ出た。 「ずいぶん昔のことを引き合いに出されるようだ、朱雀将軍は。しかし、これは私の部下です。四天将軍が揃いも揃って、ゐ号ひとりをどうするおつもりなのか、お聞かせ願いたい」 「伍条隊長、わたくしなら、大丈夫です」  大方、八尋に手を挙げた件だろうと推察したゐ号が前へ出ると、朱雀は「察しがいいな」と歪に口角を上げた。 「ついでに何の件かも、わかっているのだろうな?」 「はい」 「では我々に少し付き合え」  朱雀は波打った赤髪を揺らし、ゐ号を顎で促した。

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