18 / 29

第18話 墨染色のリボン

 その年の秋が終わる頃、東岩地方に入った。  県境から徒歩の速度で半日ほどのところに、中王国東岩地方を治める辺境伯の居城はあった。  東岩地方はその名の通り、石が良く出る。農業には向かないが、代わりに水晶や金、銀、緑柱石、蛍石などの採掘により、巨万の富を築きつつある土地である。東岩地方を治める辺境伯は名を東雲(しののめ)と言い、少なくとも七代前からこの地を取り仕切る、古い豪族のひとりだった。性格は鷹揚で、先例に漏れず、優種である。 「国王陛下……!」 「東雲辺境伯、久しぶりだ。父と一緒に王城でお会いしたのが最後だったか」 「ああ、お顔を良くお見せください、陛下。お久しゅうございます。ご立派になられて……背も少し、お伸びになったのでは?」  八尋を出迎えた東雲は、三十代半ばぐらいの、白髪に紫色の眸をした、柔和な面立ちの男だった。 「さすがに止まった。もう成長期ではないのでな。大人数で押しかけてまことに済まないが、しばらく世話になる」 「長旅でお疲れでしょう。荷解きをされたら、湯場へご案内いたします。八号様もお疲れ様でございました」 「相変わらずわたしのことを見分けるのですね、辺境伯殿は」  八尋のあとから馬車を降りた八号が肩を竦めて零すと、東雲は悪戯めいた視線で八号に目配せする。 「もちろんです。特技ですから」  八尋と並び、少し興奮気味にあれこれ話をする東雲は、いかにも育ちの良い優種、という風情だった。  旅装を解くと、点呼後、東雲の城の南東の一角を親衛隊で借りることになった。水質の良い温泉が出ることでも有名な東岩地方の居城らしく、八号、伍条、ゐ号、そして精鋭四名が八尋の護衛に就き、湯場へと案内される。王城に勝るとも劣らぬ煌びやかな装飾の施された城に、贅を尽くした持てなしを受けたが、所々に青龍への弔意を示す墨染色のリボンが垂らされており、ここへきた当初の目的を思い出させられた。 「霊廟へは、明日参りますか? 陛下」 「ああ。早く青龍を……安心させてやりたいからな。あの戦で左壁後方を突かれ、全滅しかけた我が軍を救ってくれたのは、青龍とその麾下の兵たちだった。手厚く弔ってやりたい」 「──我らも未だ信じられぬ心持ちです。あの方は快活で、民にもお優しかった。この城にも冬になると頻繁においでになられ、よく王都の土産話をしてくれたものです」 「そうか……」 「我らは主を亡くしたような心です。ですから、我らなりの弔意を……」  めでたいはずの視察の迎えに、弔意を示す墨染色のリボンを付けることを、許してほしいと東雲は頭を下げた。 「かまわぬ。気の済むようにしてくれ。あなたにも、とても済まないことをした。東雲辺境伯」  八尋が頷くと、東雲は恭しく頭を下げた。

ともだちにシェアしよう!