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第28話 明けたあとのこと
「そうではありません。ここは、こうです。こうしてこちらへ回して、この糸の間を通すのです」
ゐ号の声にあたふたと指を動かす元伽役が、絆創膏の巻かれた指で、それでも果敢に挑戦しようとする。その姿勢こそが尊いのであって、何事も完璧でなくてはならないわけではないのだと、ゐ号は既に悟っていた。
「こちらはかなり慣れてきましたね。上手くなりました。この調子です」
「ゐ号様、ここはこれで合っていますか?」
「どれですか? ああ、はい。大丈夫です。そのまま進めてください。に号」
「ゐ号様、できました! 少し不恰好になってしまいましたが……」
「直すより、次の一枚を織りはじめましょう。最初からやれば、もっと上手くなるはずですよ、さ号」
「ゐ号様! わたくしの進捗も見てくださいっ!」
「ら号。あなたは見事にできています。その調子で」
「はいっ」
閨で八尋が言っていた、元伽役たちを自立させる方法とは、ゐ号がこうして教えることだった。今、ゐ号はかつてすずめだった時の知識を総動員して、四十五人いる元伽役たちに、白いレースの編み物を教えていた。
「どうだ、進捗は」
「陛下……!」
元「奥」だった場所は、今ではゐ号の部屋があり、元伽役たちがそれぞれに、ゐ号の身の回りの世話をすると同時に、婚礼用のレースを縫う課題と悪戦苦闘していた。ゐ号のレースは身に付けると幸せが訪れる物として噂が噂を呼び、まだ完成品がない状態なのに、二年先まで注文が殺到している。
「皆、よく辛抱してやってくれています。この分ならば、式当日にはどうにか間に合うかと」
ゐ号が言うと、八尋は目尻に笑い皺をつくり、頷いた。
「その調子だ。そなたは黒髪ゆえ、白が映えることだろう。婚礼の儀が今から楽しみだ。剣技の方はどうだ?」
「順調です。午前中と午後のお茶の時間の前に、皆で合わせておりますが、もう脱落者は出なくなりました。陛下の御前で披露できる日を、皆心待ちにしています」
四十五人の元伽役たちには、八尋の依頼でゐ号が手に職を付け、自立できるよう取り計らった。重ねて、儀式用の剣舞を教え込むことで、何かあった時に、己を守る技術を身につけさせたことで、元伽役たちの姿勢も、変わってきていた。彼らはゐ号が妃となった暁には、「奥」において、妃を守る守護隊となる。今はその下準備段階だった。
「楽しみが増えるな。元伽役たちも、目が輝いている。そなたの尽力のおかげだ」
「わたくしだけのせいでは……。今までの、罪滅ぼしもありますし、何より彼らが生きてゆけるようになれば、これほど嬉しいことはございません」
ゐ号は元伽役たちに、様々なことを教えるにあたり、それまでの己の態度と非礼を詫びた。頭をさげるゐ号を驚きを持って迎えた元伽役たちは、今ではすっかり互いに親しく交わるようになっていた。
元伽役たちとの交流を通じて、ゐ号にも彼らを見分けられるようになった。同じ顔、同じ声、同じ「核」を持つが、ひとりとして同じ個性の者はいないことを、ゐ号は驚きを持って日々、八尋に告げている。
「だろう?」
八尋はゐ号の報告を聞くなり、嬉しそうに笑うのだった。
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