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第2話

入学式も滞りなく終わり、純一は教室に戻る。担任からの挨拶と連絡事項を聞いて、自己紹介をしたら今日はもう終わりだ。 この学校は部活動の入部は自由らしく、見学に行くもよし、帰るも良しなので、純一はどうしようか迷う。 教室内は、元々友達だったらしい人達が、既にグループを作って話している。勧誘も受けなかったし、今日は帰るか、と教室を出た時だった。 「あの……」 振り返ると1人の男子生徒がいた。制服のネクタイからして同学年のようだ。俺? と聞くと、彼は頷く。 綺麗な黒髪は無造作風にセットされていて、背は普通(と言っても純一より高いのだが)だが細い。顔は整っている方だと思って、素直にカッコイイと思った。が、無表情で真っ直ぐ純一を見ているので、感情が読めなくて不安になる。 俺に何の用だろう、と純一は思っていると、彼は口を開いた。 「好きです、付き合ってください」 「…………は?」 言われた意味が分からなくて、思わず聞き返す。 彼は表情一つ変えず、もう一度繰り返した。 「聞こえなかったか? 好きなんだ、付き合って欲しい」 「……いや、俺男なんだけど……」 (もしかして、俺今告白されてる?) 純一の少ない脳みそが慌ただしく動き出す。 付き合うって、これからどこかに行くのに付いてきて欲しいって事じゃないよな? でも俺男だし。俺と彼は今が初対面で、まだ名前も知らないし、と今起きた事を反芻して確認する。 春、出会いの季節。高校デビューしようと気合いを入れてきたら、男に告白されました。 「おい?」 「あー……告白する相手、間違ってない?」 「いや、合ってる。俺は早稲田(わせだ)(つかさ)、お前に一目惚れした。だから付き合って欲しい」 三度聞き直して、三度とも同じ事を言われて純一は大きなため息をつく。 初めて声を掛けられたのがコレだったのだ、自分の不運に泣けてくる。 「いやいやいや、おかしいでしょ。付き合えないよ」 「どうして?」 「どうしてって……俺女の子が好きだし、お前の事全く知らないし」 「じゃあ友達からでいい」 司はあっさり引いた。純一はそういう問題かなぁ? と思う。 (でも、友達は欲しい) 散々迷った挙句、渋々頷くと、司は両手を広げて近付いてきた。 「ありがとう」 「うわっ」 司は無表情のまま純一に抱きついたのだ。 「ちょ、何するんだよ!」 腕の中でもがくけれど、細いくせに意外と力があるのか、全然ビクともしない。 「何って、友情のハグ」 相変わらず表情を変えないまま、司は答える。 腕の力が抜けた隙に純一はその腕から抜け出すと、周りが自分達に注目しているのが分かって逃げたくなった。 「お前がやると意味が違ってくるだろっ」 「いや、これは友情のハグだ」 「……」 いやいやいや、友情でもいきなりハグはしないだろ、と心の中で突っ込む。 純一は変な人に絡まれてしまったなと、泣きたくなった。 (なんだこれ、幸先悪すぎる) 「おい? お前の名前、教えてくれ」 純一は色々順番がおかしいとツッコミたかったが、その気力はなく、素直に答えた。 「川崎純一。はぁぁぁ、俺の高校デビューが……」 「何か言ったか?」 「別に。ってか、何でお前もついてくるんだよ」 歩き出した純一に付いてきた司を睨むと、彼は怯むでもなく答える。 「俺も帰るから」 「あっそ」 純一はわざとらしくそっぽを向く。しかし、司は一定の近い距離を保ちながら付いてくるのだ。 純一は足を早める。司も同じ速度で付いてくる。 駅について振り返ると、やっぱり感情が読めない顔で司は立っていた。 「何で付いてくるんだっ」 「友達なら、一緒に登下校するのは普通じゃないのか?」 純一は開いた口が塞がらなかった。これはアレだ、極度のコミュ障に気に入られてしまったんだ、めんどくさい。 「あのな、それはそうだけど、俺の意志を聞かずにするのは違うだろ」 すると、司は初めて考えるような素振りを見せた。顎に手を当て、それもそうだな、と返してくる。 良かった、どうやらまともな考えは持っている奴らしい。 「じゃあ、一緒に帰って良いか?」 「…………おう」 純一は迷った末に頷く。こうなる事を予想できなかった、自分の頭の弱さを嘆いた。 (友達になりたいって言うなら無下にはできないし。俺も友達なら欲しいし……) 司はまた無言で付いてくる。 何だか気まずいな、と思って思いつくままに話してみた。 「司って呼んで良いか?」 「ああ。俺も純一って呼ぶ」 沈黙がおりる。純一は落ち着かなくなった、何か話題を探さなくては。 「司は……あー……部活は何か入るか?」 「特に興味は無い」 また沈黙。 「……えーっと、中学校は? 同じ中学の子とかいる?」 「いや、俺だけだ」 「そっか、俺もなんだよね、何かシンキンカンー」 「そうだな」 「…………」 「…………」 純一は泣きそうになった。 (会話が続かない、気まずい、どうしよう) 「純一」 何を話そう、と一生懸命考えて歩いていると、不意に腕を掴まれ引っ張られる。何をするんだ、と思ったら小学生が勢いよく走って行った。 もしかして今、軽く助けられたのだろうか? 「あ、ありがとう?」 「どういたしまして」 司は相変わらず無表情だ。 純一は、頭の中の司のプロフィールに、意外に優しい、と付け足した。 しかし、司はそれ以降黙ってしまい、再び気まずい雰囲気が流れる。 (ってか、何で俺ばっかり話題を探さなきゃいけないんだ) 純一は当たり前の事を思い、こっちも黙っていよう、と電車に乗る。 「純一、家はどこなんだ?」 すると司から話しかけてきた。 話題の内容はともかく、何だか聞かれたことが嬉しくて、黙っていようと思っていた事はすぐに忘れる。 「終点駅だよ。司は?」 「俺は……」 司は駅名を言う。それは純一の最寄り駅とは反対方向だった。 「は? 何でこっちに乗ってるんだよ」 「純一と一緒に帰りたいから」 やっぱり表情を変えずに言った司に、純一は大きなため息が出た。 「司、お前次の駅で降りろ」 「何故」 真っ直ぐ見て問う司は、本気で純一の意図が分からないらしい。 「俺に合わせられるのが嫌なの。終点まで付き合わせられるかよ。遊びたいなら早く言え」 「……いや、遊びたかった訳じゃない。純一と居られれば何でも良いんだ」 「……っ」 (そんな歯の浮きそうなセリフ、言うなっつーの!) 丁度、次の駅に停車したところで、純一は司の身体を押しやり、ホームへと降ろす。 「純一?」 「今日は帰れ。じゃな! また明日!」 閉まるドア越しに手を振ると、司はやっぱり無表情のまま、純一を見送っていた。 純一は大きなため息をつく。 前途多難過ぎる高校生活のスタート。彼女を作るどころか男に告白された登校初日。 (俺の高校デビューが……) 純一はガックリと肩を落とした。

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