17 / 43

第17話

「お……終わった……」 数日後、純一はチャイムと同時に机に突っ伏した。 今日はテスト最終日。今しがた最後の教科が終わったところだ。 「お疲れ~、頑張ったね」 湊がやって来て、純一の頭を撫でた。いつもなら嫌がるけれど、そんな元気もない純一は、湊の好きなようにさせる。 「こんなに頑張ったんだから、せめて赤点じゃありませんように」 机に突っ伏しながら、純一は呟いた。 「じゃあ、頑張ったご褒美に、どっか寄って帰らない?」 湊の提案に、純一はガバッと身体を起こした。 「マジ? どこ行く?」 湊の言う通り、これはご褒美でもないとやっていけない。 純一は我ながら単純だと思うけれども、元気が戻ってきた。 「駅前のクレープ屋さん、ちょっと気になってたんだよね」 湊の口から女子のような発言が出てくる。純一はすぐに彼の言う店を思い浮かべるけれど、女の子の行列がいつもできている気がする。そんな所に行きたいと言うのか。 「湊ってホント、天然タラシの要素ありすぎるよな……」 「えー? そうなの?」 女子が好きそうな所が好きとは、もうそれだけで好感度上がるし、デートの口実にも使える。ムカつくなぁ、と純一は思う。 「顔良いだろ? 頭いいだろ? 背も高いし優しいし、いつもニコニコしてるし、モテない方がおかしいくらいだからムカつく」 「あれ? 俺褒められてるの? 嬉しいなぁ」 照れもせず返す湊は、きっと褒められ慣れているのだろう。コンプレックスだらけの純一とは正反対で、羨ましくも憎たらしい。 その後、下校時間になりいつも通り司も合流する。 駅まで歩きながら、話の続きをした。 「俺、結構コンプレックスだらけでさ。背が低いし童顔だし、頭悪いし単純だし……」 挙げたらキリがないけど、と純一は肩を落とした。 すると湊は「んー……」と考える素振りを見せる。 「じゃあ、俺のコンプレックス教えようか。実は、彼女がいた事無いんだよね」 「え? ここでそんな見え透いた嘘つくのか?」 純一は湊を睨むと、彼はホントだって、と笑う。 「恋愛成就した事ないの。相手がいる人ばっかり好きになっちゃう」 人が自然と集まってくる湊だから、人を見る目は平均よりはあるだろうけれど、だからこそ、既に誰かに選ばれている人ばかりに目がいってしまうようだ。 「純一、人は言わないだけで、何かしら悩みは持ってるよ。大事なのは、それに振り回されない事じゃないかな?」 湊が珍しく真面目に答えた、と純一はその大人びた彼の言葉に少し感動した。 すると、純一の腕がいきなり引かれ、司の腕の中に収まる。 「え? ちょ、何!?」 司は人の往来もあるのに気にせず、しかも結構な力で抱きしめてくる。 純一は何とかもがいて脱出すると、何するんだ!? と司を睨んだ。 「純一を湊に取られると思った。それは嫌だ」 どうやら司は湊に嫉妬したらしい。相変わらず無表情で分かりにくけれど、司は行動だけは素直だ。 「だからってこんな人前で抱きつくな!」 「……人前じゃなきゃ良いのか?」 「そういう事じゃないっ」 司の突拍子もない行動のお陰で、いつもの騒がしいメンツに戻る。この状態が純一にも心地よくて、テストが終わったら話そうと思っていた、告白の返事の事も一度忘れる事にした。 そうこうしているうちにお店に着くと、行列の女の子たちが一斉にこちらを見る。 (っていうか、やっぱり湊を見てる) 一瞬何故ここに男子が? という視線が向けられたものの、湊がいるおかげで変人扱いされる事も無い。 「あれ? 湊くん?」 列に並んでいると、通りすがりの女性に声を掛けられる。長いストレートヘアを後ろで一つにくくり、オフィスカジュアルな格好の彼女は、首にネームプレートを下げていた。知的な顔からして、できる女感が漂っている。 「木全(きまた)さん、こんにちは。お仕事ですか?」 「そう、食べ歩き特集してるの。そちらはお友達?」 「ええ」 純一は湊を見る。何だろう、笑ってはいるけども表面上だけのような気もする。 「さすが湊くんね。人気のお店もチェックしてるわけだ」 「別に行きたかっただけでチェックしてるとかは……」 「そう? じゃあ食べた感想を軽く取材させてもらえないかな?」 純一は、目的はそれか、と思った。目立つ湊は、それだけで広告になりうるからだ。 「あはは、お断りします~」 笑う湊。純一の隣では、興味無さそうに司が本を読んでいる。 「つれないわね。あ、じゃあ隣のキミでも良いわ」 「へ? 俺?」 突然、木全の視線が純一に注がれる。急な事だったので、変な声が漏れてしまった。 「……うん。湊くんみたいな派手さは無いけど、中性的な所が良いわね」 本人を目の前にして品定めする木全。湊は純一の前に立って、木全の視線を遮った。 「この子はダメです。俺らは取材を受けるつもりはありません」 湊が聞いた事の無いくらい低い声で言ったので、純一は驚く。それは木全も同じだったようで、これ以上は分が悪いと感じたようだった。 「分かったわ。じゃあまたね、湊くん」 あっさりと回れ右して去っていく木全を見て、純一は湊の顔を覗き込んだ。 「大丈夫か?」 「ん? ああ、ごめんね。あの人、中学の時から俺をスカウトしたいってしつこくて」 振り返った湊はいつもの彼だった。モテたいと思っていた純一は、実際にモテる人の苦労を垣間見て、同情する。 「あ、順番来たよ。どれにするかもう決めた?」 湊は話を切り替えた。もうこの話をしたくないようだ。 純一もそこを言わずに付き合う。どれも美味しそうだったけど、好きなフルーツが乗ってるやつにした。 「あれ? 司は?」 純一たちが注文したクレープを受け取ると、司は何も持たずに店を離れた。 「俺はいらない」 「え? じゃあ俺と純一、二人で来たのに」 湊がそう言うと、司はまた本を取り出した。 「それは嫌だ」 そう言って、司は再び本を読み始める。司としては、純一と湊で二人きりになるのは避けたいようだ。 三人は近くの公園で食べることにした。ベンチにいつも通り純一を真ん中にして座り、一口食べる。 「美味しいねー」 嬉しそうな湊。甘いものが好きなようで、よくスイーツ巡りをしているそうだ。 「あ、純一クリームついてる」 湊の指が、純一の口角辺りについたクリームを掬う。そのまま彼はそれを舐めた。 「ん、美味しい」 「……っ、おま、よくそんな恥ずかしい事できるよな」 純一が恥ずかしさで悶えていると、ぐい、と強引に顔を反対方向に向かされる。 「え、ちょ……っ」 首が痛い、という前に、司の舌が、今しがたクリームが付いていた場所を舐めた。 「……うん、美味い」 「美味い、じゃない! 何するんだよ!?」 純一は恥ずかしさとか、往来でそんな事をする気まずさとか、色んな感情で叫んでしまう。 「司~、それ反則だよ?」 湊が笑っている。面白くない! と純一は突っ込むと、司はいつものトーンで言う。 「いつも煽るお前が悪い」 またこのパターンか、と純一は思う。どうしていつもいつも、湊は司を煽り、司はそれに乗るんだろう? 「大体、司は甘いもの苦手なんじゃないのか?」 「そんな事は言っていない。いらないと言っただけで、嫌いじゃない」 司は事実を言っただけのようだが、純一には屁理屈に聞こえてムカついた。 「湊も! 毎回毎回、俺や司をいじるなよっ」 「あはは、ムッツリの司がどう動くか、見るのが楽しくてつい」 湊は笑う。司は湊の言葉を否定せず、また読書に戻っている。 なんかこのメンツ、楽しいけど疲れる。 純一は深いため息をついた。

ともだちにシェアしよう!