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第18話
「純一」
昼休み、司に呼ばれて純一は振り返る。
「なに? ……っ」
司は軽く純一の唇にキスをした。ごく軽い触れ合いだったが、純一を照れさせるのには充分だった。
「何するんだよっ」
純一は唇を拭う。司はいつも通り無表情で、真面目に答える。
「何って、キス」
「そういう意味じゃなくて」
「ずるいなぁ」
不意に後ろから声がして見ると、湊がニコニコしている。
「俺もキスしたい」
湊が真っ直ぐ純一に近付いて来たかと思ったら、また軽くキスされた。どういう訳か、身体が思うように動かず、また逃げる事さえできなかった。
「ねぇ、司なんてやめて俺にしなよ」
「え?」
いつもの湊らしくない事を言われる。すると、反対側から司がピタリとくっついてきた。
「何を言っている、純一と付き合うのは俺だ」
「ちょっと待て、二人とも何を言い出すんだ?」
「ねぇ純一、どっちと付き合うの?」
二人に挟まれるようになった純一は、彼らに押し潰されそうになって、苦しくて叫ぶ。
「分かった! ちゃんと考えるから止めろ!」
そう言って、自分の声で目覚めた。
(ん? 目が覚めたって事は、夢だったのか?)
心臓の音がうるさくて周りの音がよく聞こえない。意識がぼんやりとしているけど、遠くでチャイムが聞こえているのが分かった。
「純一? お昼だよ?」
お弁当を持った湊が、純一の所へやって来る。どうやら授業中に眠ってしまっていたらしい。
「……夢で良かった」
心底ホッとして、水筒を持って立ち上がった。昨日の、司が純一の唇を舐めた事件のせいで、こんな夢を見たのかもしれない。
そんな事を考えていたら、昨日の司の舌の感触を思い出しかけて頭を振る。あれは金輪際、一生、思い出さないようにしよう。
「夢? 悪い夢でも見たの?」
「うん。お前らに押し潰されて、圧死しそうになる夢」
夢の中で二人に迫られていたという事は話さず、純一たちは司のクラスの前に行く。彼は既に廊下に出ていて、三人でいつもの教科棟へ向かった。
「今日は俺、ここで食うから。お前らこっちに来るなよ?」
いつもの場所に着くと、純一は階段の最上段に座る。
「どうしてだ?」
司が珍しく不思議そうに湊に聞いている。湊は、純一がさっき見た夢の事を司に話した。
「じゃあこれ」
司は素直に純一に弁当箱だけ渡し、元の位置に座る。湊も司の隣に座り、弁当箱を開け始めた。
少し寂しく感じたが、純一も弁当箱を開ける。司お手製の弁当は、きょうは洋食風だ。
(毎日毎日、結構手が込んでて美味いんだけど、お礼とか食費とか渡そうとしても絶対受け取らないしな)
司が言うには、食べてもらうまでが趣味だから、自分の趣味に付き合ってもらっている、らしい。
頭が良くて、そこそこ顔も良くて、趣味は読書と料理。
(だけど無口無表情で、突拍子もない事をするし)
そう思ったところで、またあのキス事件を思い出しそうになって、お弁当をかきこんだ。
食べ終わってお茶でひと息ついていると、湊が笑っている声がする。純一には聞こえない声で、司と話しているようだ。
「……」
あの二人が何を話しているのか、ものすごく気になる。けれど、今日はあそこに行かないと決めているのだ、ここで折れてはいけない。
(……だめだ! やっぱり気になる!)
純一の意思は豆腐より柔らかかった。階段を降りて、自ら二人の間に座る。
「やっぱり来たね」
湊が笑っている。
「だって、やっぱり一人は寂しいし……何を話しているのか気になるし」
いつも一緒にいる二人が、自分抜きで何を話すのだろうと思ったら、いてもたってもいられない。
「何を話してたかって? 純一の事だよ」
「俺?」
「そう。司はいつも本を読んでいるけど、読んでるフリをしている事もあるよねって」
湊はそう言う。純一にはそれが自分と何の関係があるのか、分からなかった。
「フリって……何でわざわざそんな事してるんだよ」
司に聞くと、彼は弁当箱をしまいながら言う。
「わざとしている訳じゃない。湊が純一をからかったり、純一が可愛くて集中力に欠ける時があると言っただけだ」
「ね? そう考えると、彼が俺らといる時は、全然本を読めていないって事。じゃあ読まなきゃいいのにって言ったら、ずっと純一を見つめていても良いのか? って」
湊はそれで笑ったらしい。湊が司をムッツリと言っていたのは、それを見抜いていたからのようだ。
純一は、ずっと司に見られていた事に今更ながら気付き、恥ずかしくなる。
「いくら可愛いと言っても足りないくらいだが、さすがに度が過ぎて呆れられるのは俺でも分かる」
いつも純一の意志を無視して直球を投げてくる司だったけど、普段からすごく抑えていたんだな、と思うと、呑気に過ごしていた自分が申し訳なく思ってしまうと同時に、恥ずかしくて聞いた事を後悔した。
「……何で俺?」
「何でって……ねぇ?」
どうして自分なんだろう? と疑問に思って聞くと、湊は司と顔を見合わせた。
「初めは一目惚れだった。純一は可愛いし、他の奴にとられる前にと思った」
「や、だから、俺男だし……」
「関係あるのか? 誰しも同性に憧れる所はあるだろう。だからみんな、同性愛の要素は持っている」
司はこんな内容でも、冷静に話している。だから余計に真剣味が増して、純一がいたたまれなくなっていくのだ。
(いや、ここで誤魔化したり逃げたりしたら変わらないままだ)
どうしてもこの手の話をこの二人とするのは苦手だけど、話を進めないと純一が困るだけだ。
「な、なぁ……俺、ちゃんとお前らの事考えるよ。だから、二人共振られたからって、友達やめるとか言うなよ?」
何より友達を失うのが嫌なのは純一なのだ、それもあって考えたくなかったけれど、そうもいかない。
「もちろん。好きになって貰えるように頑張るけど」
湊は微笑む。その顔は男の純一でもかっこいいと思うのだ、男と付き合わないというのは、純一の思い込みなのかもしれない。それも含めて答えを出すつもりだ。
「時間はかかるかもしれないけど、きちんと答えを出すから。待っててくれるか?」
純一の言葉に、二人は頷いた。
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