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第22話

日曜日、現地集合した純一は、司の荷物に声を上げる。 「スーツケース? 何で持って来たんだよ」 司は蛍光色のスーツケースを持って来ていた。司の私服は上下黒で、余計にそれが目立つ。しかも結構大きめなサイズだ。 「これに荷物を入れる」 「え? どれだけ買うつもりだよ」 純一がそう言うと、湊がやってきた。彼はシンプルにダメージジーンズと無地のTシャツだが、湊が着ているからか、とてもスマートに見える。 「何着ても似合うってムカつくな」 純一の呟きは、湊には聞こえなかったらしい。湊は純一の私服を褒め、司のスーツケースに驚いた。 「ってか、司の来てるシャツ、結構値段するやつに見えるけど……よく見たらパンツも同じブランドだよね?」 さすが湊、オシャレな人は服にも詳しかった。司は自分のシャツを摘んで見ていたが、そうなのか? と興味無さそうだ。 「家にあったから着てきた」 何とも司らしい返事に、湊は「ブランド名、何だったかなー」と首を捻っている。 「そんなに有名なブランドなのか?」 三人で歩きながら純一が湊に尋ねると、「うん、結構有名なブランドだったと思うよ」と返ってくる。 「それより、俺はこの通り大荷物になる予定だから、先に行きたい所があったら言ってくれ」 「了解~、あ……」 湊が返事をする。 吹き抜けの広場に着くと、そこにグランドピアノが置いてあった。白い色のピアノには『ご自由に演奏してください』と書いてある。 「今流行りのストリートピアノってやつ? 動画で見た事あるけど、ここでもやれるんだ」 純一はピアノの鍵盤を押した。自分がピアノを弾ければ良かったけれど、生憎、音楽の授業で触るくらいしか、経験がない。 「純一、ちょっと弾いてみてもいい?」 湊がピアノ椅子に座る。その顔は、少し楽しそうだ。 「えっ? 湊ピアノ引けるのかっ?」 そんなに上手くないけど、と彼は笑って弾き始めた。 コロコロした速い三拍子の曲は、どこかで聞いたような気もするが、純一には曲名が分からない。 「司、なんて曲か分かる? どっかで聞いた事あるんだけど」 司はいつものテンションで答える。 「ショパンの子犬のワルツ」 ああ、ショパンね、と純一はよく知りもしないで頷いた。 軽やかなメロディーは、確かに子犬たちが走り回っている様子が思い浮かぶ。純一なら、あんなに速く指は動かない。 「ってか、上手くないとか良いながらこんな曲弾くとか、湊は何でもできるんだな」 「…………俺もピアノは弾けるが」 「は? またまたぁ、湊に対抗しなくてもいいって」 純一は笑う。司は冗談ではない、と言っているが、純一は取り合わなかった。 湊が弾き終わると、チラホラ集まっていた観客から拍手される。純一も「すごいのな!」と拍手すると、司が湊を押し退けて椅子に座った。 「あ、司ー無理すんなってー」 純一がからかうと、司は両手で一音のみの三拍子を弾く。 純一は大したことできないなら、対抗するだけ無駄だぞーと言った。けれど、湊を見ると驚いた顔をしている。 「うそ……」 純一は、湊の表情で、何だか凄いことが起きているらしい事は分かった。 そのうち音の幅が広がり、1オクターブの音の間でメロディーが鳴り出す。 純一はやっぱり何の曲か分からず、だけど司はすごく高難易度な曲を弾いてるのが分かり、素直に驚いた。 短調で悲しいけれど、美しいメロディーは、通りすがりの人の足を止めていく。 「……湊、これ何て曲?」 「リストのラ・カンパネラだよ。超絶技巧って言われてる曲」 純一は鍵盤の上を滑らかに動く、司の長い指に釘付けになった。細かい音まできちんと鳴らす指は、何か別の生き物のように見える。 (なんか……普段無口無表情のクセに、ピアノ弾いてる時は感情が出てる感じがする) 純一たちはしばらく無言で曲を聞いていた。クライマックスに連れて速くなるテンポに、手に汗を握る。 曲が終わると、いつの間にか集まっていた観客が拍手をくれた。近くにいたお爺さんが「この曲弾けるなんて、凄いねぇ!」と声を掛けている。 (マジで弾けたのか……) 純一は先程司をバカにしたことを反省した。 司が立ち上がって戻ってくると、彼は何事も無かったかのように、行くぞ、とスーツケースを引いて歩き出す。 「…………敵わないなぁ」 湊がボソリと呟いた。けれど純一は聞き取れず聞き返す。すると彼は「何でもない」と歩き出したので、純一も付いて行った。

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