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第26話
「司、悪い、遅れた」
次の週末、純一たちはショッピングモールに来ていた。ここには映画館も併設されているので、デートにはもってこいだ。
「いや……」
相変わらず本を読んで待っていた司は、前回とは違うデザインだが上下黒の服。黒が好きなのかな、と思って聞いてみる。
「司って、前来た時も黒い服だったよな。黒が好きなのか?」
隣を歩く司を見上げると、司はまっすぐ前を見たまま答える。
「いや、こだわりはない。考えるのが面倒なだけだ」
「……なるほど」
(はい、会話終了!)
純一は早くも心が折れそうになる。
観る映画が始まるまで時間があるし、この状態で最後までもつのか不安しかない。
「あ、本屋でも行く? 映画始まるまで時間あるし」
「……そうだな」
司の視線がちらりとこちらに向いて、またすぐに前に戻る。
本屋に着くと、純一は雑誌コーナーへ向かう。てっきり司は自分の好きなコーナーへ行くのかと思いきや、純一に付いてきた。
「どうした? 好きなとこ行ってきて良いんだよ?」
「純一がどんな本を読むのか知りたい」
「そ、そうか。えーっと、これとか?」
純一は漫画雑誌を手に取ると、パラパラとめくる。
「司は漫画は読まないの?」
「読まないな」
「面白いのいっぱいあるよ? 俺が持ってるので良ければ貸そうか?」
司は分かった、とだけ言って、黙ってしまう。
純一は何か話題を、と思って視線を巡らせると、グラビア写真が載っている漫画雑誌を見つけた。
純一も時々読む雑誌で、続きが気になっていた作品もあるので、手に取る。
「ねぇ司、この女の子たち、誰が好み?」
純一は軽いノリで聞く。グラビア写真を表情も変えずに見る司。
「いや、俺は女性には興味が無いんだ」
「えっ?」
純一は思わず司を振り返る。司の真っ直ぐな視線にぶつかってドキリとした。
「それって、司は元々ゲイだって事?」
「そうだな」
まさかここにきて、司のデリケートな部分を知る事になるとは思いもしなかった。純一は軽いノリで聞いた事を後悔する。
「……何かごめん」
「何故謝るんだ?」
軽いノリで聞いたから、と言うと、友達ならそんなものだろう、と言われた。
司が気にしてないなら良いけど、と純一は雑誌を戻す。
「行こうか。ゆっくり歩いて行けば、丁度いい時間になるよ」
「買わないのか?」
「うん」
二人は歩き出す。相変わらず司はまっすぐ前を見ていて、無言だ。
(うーん、何か会話を……)
「あのさぁ司、身長いくつ?」
我ながら会話のストックが無さすぎだし、今更過ぎる質問だ。 コミュ力の無さが恥ずかしいと思ったが、無言で過ごすよりも良い。
「身長? 176センチだな」
司も普通に答えてくれた。ここから会話を繋げねば。
「いいなー。俺なんか167センチだし。もっと欲しいなぁ身長」
「……純一には純一の良さがある」
真顔で言う司は、説得力あって良いのだが、純一としては不本意だ。
「褒められてるんだか貶されてるんだか分からないよ、それ」
「何故? 貶したつもりはないんだが」
本当か? と純一は司の顔を覗く。
「……純一は食べ物だと何が好きなんだ?」
あからさまに話題を変えた司は、誤魔化したようだった。純一は腑に落ちないけども、質問には答える。
「基本好き嫌いはないよ。あ、でも司のだし巻き玉子は美味いよな。そう言えば、何で料理が趣味になったんだ?」
「………………いつの間にか、だな」
純一は、司の答えの前に長い間があったことに気付く。しかし、そこには敢えて触れずに会話を進めた。
「そっかー。俺の趣味何だろ? 漫画?」
そんなことを話しているうちに映画館に着いた。
二人でチケットを購入しに行くが、司が全部払うと言い出し、いやいや俺も払うよ、と押し問答になったが、純一が根負けしてチケット代を払ってもらった。
しかし、それはチケット代だけで終わらなかった。
映画館で飲むドリンク代もまた、司が払うと言い出し、レジで押し問答を続ける訳にもいかず、とりあえずは司に払ってもらい、離れたところでお金を渡そうとする。
「いや、いらない」
「何で?」
「俺が払うから」
「何だよそれ、俺にも払わせろよ」
純一は先程のチケット代と合わせた現金を、司に押し付けるが絶対に受け取ってくれない。
「いらないと言っている」
あくまでも司は、自分が奢る形で事を進めたいようだ。
そこで、映画の時間が来てしまった。純一はこの話を一旦置いておくことにする。
映画は純一の好きな漫画の劇場版。絶対に観ない司が、純一に合わせてくれたのは明白で、だからこそ奢られる訳にはいかなかった。
映画を観た後は喫茶店で感想を語り合い、そこで少し盛り上がって楽しく過ごせた、と思った。しかし、ここでもまた、司が全額払うと言い出したので、ついに純一は我慢できずに声を荒らげる。
「何でそんなに意地になるんだよ。割り勘でいいじゃん」
「意地になってるのは純一の方だ。何故素直に奢られない」
「何でって、一方に負担がかかるのは嫌だからだ」
「負担と思っていない。デートなら奢るのが普通だろう」
「だけど、俺は割り勘が良いって言ってるんだ、都合のいい風に司を利用したくない」
「あっれー? うるせー奴がいると思ったら、純一クンじゃん」
純一の語気が強くなったところで、突然横から声を掛けられた。勢い余って純一はそいつを睨むと、見覚えのある顔に身構えた。
「……安藤」
「久しぶりだねぇ。ソイツはお友達かな?」
安藤はソイツ、のところで司を見る。中学の頃と変わらず、傷んだ茶髪にニヤニヤ笑いを浮かべた安藤は、成長の証に唇にピアスが増えていた。
「誰が金払うか揉めてたみたいだけど、丁度良いや、俺たちの分も純一クン、払っておいてよ」
「……純一、誰だコイツら」
司がさすがに口を挟んできた。純一は無視する。
「何でお前らの分まで払わなきゃいけないんだよ」
あからさまな敵意を安藤に向けると、安藤は気にした様子もなく。
「あー? 何だよ純一クン、中学の頃はよく奢ってくれたじゃん」
取り巻きがクスクスと笑い出す。純一は過去の屈辱を思い出して唇を噛んだ。
「……いくらだ」
司のいつもの声がした。
「ん? お友達が払ってくれんの?」
「ああ。いくら必要だ? ……これで足りるか?」
司がサイフから一万円札を取り出し、安藤に渡す。
「ちょ、司っ」
「お、話が分かる人で良かった~。またな、純一クン」
安藤は受け取った一万円札をひらひらさせて、取り巻きと去っていく。
「信じられねぇ、何で渡すんだよっ」
純一は、自分で解決できなかった悔しさと、司がお金で解決させた事に腹を立てた。
中学の頃は安藤に絡まれて、都合の良い存在になっていた。高校生になって、大人しくなったものだと思っていたのに。
「これ、今日の分な!」
純一は割り勘分を机に置くと、席を立って足早にその場を去った。
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