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6. 人間じゃないって
扉が開く音と「お邪魔します」と律儀に言う声が聞こえた。それから、施錠する音。腰を下ろしたところで、靴を揃える背中が見えた。
制服姿で紙袋をカサカサ揺らしながら入ってきた宮代は「急に来てすまないな」とまた言って、当たり前みたいにローテーブルを挟んだ向かいに座った。
今んとこ変わった様子はない。言葉と態度の割に無表情だし、相変わらず声は平坦過ぎるしで変な奴なのは確実だけど。教室で目が合った時みたいな異常さは感じない。
「で、何だよ」
って言っても、それで不信感が無くなるわけじゃない。迷惑さを全面に出したまま促すと、鈍感なのか無神経なのか宮代はゆったりと「そうだな……まずは……。」と言いながら、紙袋から綺麗に包装された箱を取り出し、テーブルの上に置いた。白地に青のロゴがストライプ状に入ったそれをすっとこっちに押しやってから、馬鹿丁寧に頭を下げる。
「隣に越して来た宮代遥です。どうぞ宜しくお願いします。」
緊張やら何やらが、その一言でぶっ飛んだ。
「はあ!?!?」
嘘だろ止めろよふざけんなよ。急だし意味分かんねぇし冗談だろ。否定したい感情が言葉になって、どばどば頭の中に溢れていく。思いっ切り驚いた声が出たけど、そんな事すらどうでも良い。
「驚く事ではないだろう。空室があれば、いずれは誰かが住む。」
あっさり言うなよ。オレからしたらとんでもねぇんだよ。なんてのが当然分からない宮代は、さらさらと言葉を続けた。
「ああ、近頃では引っ越しの挨拶などしなくなったそうだな。珍しかったか。」
違ぇよそういう事じゃねえよ。
「これはタオルだから安心して受け取ってくれ。馴染みのない者から食品を贈られる事に抵抗がある者も居るようだからな。」
呆れて返すのが遅れたところに、どうでも良い情報が追加される。我慢出来なくなって、身を乗り出してしまった。
「っだから! そういう事じゃねえよ!」
そう叫んだ事を、感情の読めない黒い目に見返されてから後悔した。
「では、何が疑問だったのだ。」
嵌められた。って思った時には遅過ぎて、意識した途端にテーブルに付いた手に汗が滲んだ。口の中がどんどん乾いてく。
「別に……。つか、話ってそんだけ?」
最悪だ。明らかに誤魔化すみたいになったのも、さり気なく座り直して、少しでもこいつと距離を空けられた事にちょっと安心してるのも最悪だ。
「いや、それもあるのだが……。」
ただでさえクソみたいな気分だっていうのに、こいつはこいつで急に勿体振る。何だよ、そのちょっと目線下げてみるとかいう無駄な芸。いらねぇだろ馬鹿にしてんのか。
喉元まで出かかった悪態を、指でたんたんと膝を叩く音に変換していると、目の前の無表情が口を開いた。
「鴇坂、俺に聞きたい事があるのだろう。」
確信しているとしか思えない問いだった。
「遠慮しなくて良いぞ。その為に上がらせてもらったのだから。」
聞きたい事なんて、ない。あるはずない。そうだよ。今朝のは何でもなくて、こいつが気持ち悪いだけの普通の奴だって事が分かれば良いんだから。
つっても、いきなり「何でお前そんな気持ち悪いの? お前の事嫌いなんだけど」って虐めみたいな事言う訳にもいかない。下手したら進学に響く。
どう答えるのが正解か迷っていると、しばらく様子を伺っていた宮代が「そうは言っても聞きにくいか」と小さく呟いた。鴇坂、と平坦にオレを呼ぶ。
そしてそのまま、今までで一番訳の分からない事を言いやがった。
「察しの通り、俺は魔術を扱える者であり、そして、人とは異なる存在だ。」
「…………あ?」
たっぷり間を置いてから、得も言われぬ声が口から漏れた。
だって、魔術って。んな告白聞いたことねぇよ。第一なんだよ、人とは異なるって。人間じゃねえって事?
「気が付いて……いなかったのか?」
ことん、って軽い音がしそうな感じで宮代が首を傾げた。今までで一番、感情が出てる声色と仕草だった。ムカつく。
ムカつくが、意味不明な告白につられて『自称人間じゃないなにか』を、じろじろと見てしまう。
肌の色、普通。角とか羽とかの変な物、なし。見た目男で、体型もオレと似たようなもん。感情表現は死んでる。ただ、顔の作り自体は悪い方じゃないっていう、どうでも良い事に気付いた。でもそれだって、人間離れしてるって程じゃない。
どっからどう見ても『普通の人間』だ。
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