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8.負けず嫌いの代償
「何でも良いっつったな」
「ああ。犯罪行為に該当する事と、時間に関わる事──未来予知や過去改変だな。それら以外であれば。」
「なら、今朝と同じ事やれよ」
あの同級生共だけじゃなく、いくつになっても「自分には特殊能力がある」って吹聴する奴は一定数居る。勝手に夢見るだけなら好きにすれば良い。
ただ、オレまでそっち側にするつもりなら話は別だ。
「あれ、お前がやったんだろ? だったら、具合悪くさせるとこから治すとこまで全部、同じようにやれ。出来たら信じてやるよ」
こいつの気持ち悪さに耐性が付いたのか、今のところ体に異常は起きていない。ここから、あの状態に戻すのはどう考えたって無理だ。
何する気か知らねぇけど、こいつが自分で「やった」って言った事を崩してやるのが一番てっとり早い。
ほら、やれるもんならやってみろ。言葉にはせずにそう見返すと、宮代は少し目を見開いてから僅かに眉根を寄せた。
「それは出来ない。」
「は?」
「害のない者を意図して傷付ける事は、俺の存在意義に反する。」
ふざけてんのかコイツ。自分で吹っ掛けといて今更何言ってんだよ。
「こっちが良いっつってんだから、さっさとやれよ。出来ない、じゃなくて、やりたくないだけならな」
「……それ以外の方法を、認めるつもりはないのか。」
「だから、そう言ってんだろ」
こっちに折れる気がないって悟ったのか、あっさり断った割にぐだぐだ言ってた宮代は、長いため息を吐くような間を置いてから重々しく口を開いた。
「鴇坂、これから行う事は例外だ。本来、意図的に苦痛を与える事は絶対にない。それだけは分かってくれ。」
マジでやんの? っていうのが最初の感想で、すぐ後から、バっカじゃねえの? が乗っかった。苦し紛れの時間稼ぎなのか挽回出来ると思っているのか。どっちにしろ、こいつは意地を張って墓穴を掘るタイプのバカらしい。
「先に謝らせてくれ。こんな事をしてすまない。直ぐに止める。」
くっだらねぇ。いちいち細かい演出してないでさっさと始めろよ。
心を落ち着かせるみたいに目を閉じながら息を深く吸い、曇ったままの表情で宮代が言った謝罪を内心でこき下ろした。大仰な言い方といい、さっきからよく恥ずかしくないよな。
その余裕は、ゆっくりと持ち上がった宮代の瞼の奥に、黒々とした眼が半分程見えた時、全身を埋め尽くす恐怖で潰された。
呼吸が止まる。鼓動が全身を大袈裟に揺らした。急激な変化に驚き慌ててその場から飛び退こうとしたけれど、金縛りに合ったみたいに体が動かない。
気持ち悪い怖い気持ち悪い!
ぐるぐると回る嫌悪感の中で、目の前の奴から目を逸らさないとと思ったのに、視線すら自由が効かなくなっていた。不安で、判断力がどんどん削られて行く。
やばい、どうする。どうなるんだ何されるんだ。
冷静さを無くした血液が駆けずり回る。『逃げろ逃げろ逃げろ!』と、けたたましく響いた警鐘が脳を揺さぶって、痛みと気持ち悪さで吐きそうになった。
まともな司令が行き渡らなくなった身体のあちこちが、いつまでも逃げないで居る事に耐えられなくなって軋む。血も内臓も神経も好き勝手な方向に飛び出して行こうとする感覚がして、自分が内側からバラバラになる恐ろしさに口が悲鳴の形を作った。
──壊れる。
限界に達する直前で、ふっ、と威圧感がなくなった。
始まりと同じく、何の前触れもなく訪れた終わりに、吐き出そうとした声が音に成り損ねる。か細い音で漏れた息が、空気を微かに震わせた。
頭が真っ白になって、そのまま緊張から解放された体がぐらりと揺れる。それが床に激突する前に、体温のない手に支えられた。
「すまない。」
手を払い除けたい衝動も、誰の所為だと思ってるんだと怒鳴り付けてやりたい気持ちも、ふつりと浮かんで直ぐにぼやける。嘘だ。何でだ。本当にやりやがった。そればかりがドクドクと巡っていた。
「何なんだよお前……」
床へ付いた掌に、処理仕切れなかった戸惑いが落ちる。
有り得ないって思っていたものが存在する事も、急に目の前に現れた奴がそれを証明してみせた事も、恐怖や不快感を押し付けて来る〈あいつら〉の集合体みたいな奴が、今度こそ心配してるって分かる顔でオレの事を見ているのが視界の隅に入ったのも。事実として起こっているのに、真実として受け入れられない。
「長くなるが、説明をさせて欲しい。出来る限り疑問は無くすつもりだ。」
オレの頭がすっかり動かなくなっているのを何となく感じたのか、そう言った宮代はこっちの様子を気にかけながら、ゆっくりと語り出した。
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