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11.世界平和の時給って?
「で、何? 『殺さないでやるから協力しろ』って事?」
宮代を真似て、大袈裟な台詞をあっさりと言ってみる。すると、辛気臭い真面目さで幼稚な事を訴えてた顔が、ぎょっとした表情に──凄えうっすらだけど──変わった。
「そのような事は言っていない。」
「言ってんだろ。この辺は生き物が暮らせなくなるって要は、協力しないならお前ごと周りの奴も消す、って事だろ」
「馬鹿な事を言うな。意図的に殺害するなど絶対に──」
「うわ、こっわー。偶々、巻き込まれて死んじゃうかもねって事?」
「そうではなくて! 危険性や緊急性を……。
いや、気に障ったのなら謝る。すまない。どうしても力を貸して欲しい。只それだけなのだ。」
何だ、大した事ねぇじゃん。凄ぇわざとらしい挑発したのに。
「それだけって。こっちに何のメリットもねぇのにやる意味ないだろ」
「メリットという表現は適切でないように思うが、平和が保たれる事は十分な価値だろう。」
「は? お前の話信じてねぇのに、俺の相手したら世界平和守れますよー良かったですねーって。正気かよ」
「……鴇坂。何故、そこまでの敵意を示す。」
「ムカつくなって方が無理だろ。他人に寄生しないと生きてけないくせに、その他人に責任押し付けて、自分は不幸な生まれなんですーって悲劇の主人公ぶってるクソ野郎に」
さっきのなっがい話の感想をそう言ってやれば、折角考えた生い立ちを否定されると思ってなかったのか、宮代は馬鹿みたいに口をぱくぱくさせた。
「自覚ねぇの? ウケんだけど。自分がヤバい事になってるって気付いてんのに無駄に生きといて、取り返しのつかないとこまで来たら、お前が助けてくれないとーとか、作った奴のせいでーとか。完全に被害者面してんじゃん」
「そう……捉えられても仕方がないのかもしれないが、使命そのものや、使命を行使する為の肉体を放棄する事は出来ないのだ。そこには俺の意思は介在しておらず、動物に当てはめれば本能に近いものであって──」
「だからさぁ。その使命って世界平和なんだよな? だったら、お前自体が邪魔だろ。分かってんのに何でまだ生きてんだよ」
矛盾を突くと、宮代の口が止まった。
言われないと気付かねぇとか、どんだけ浸ってんだよ。気色悪い。本当に世界の為だけに作られたんだって言うなら、最優先で一番簡単な平和への貢献は自分を処理する事だなんて、ちょっと振り返ったら分かるだろうが。
「くっだらねぇ嘘吐いてんじゃねぇよ」
出て行け、と俯くバカに吐き捨てる。だが、次の手を考えているのか泣き落としでもしようとしているのか、宮代は返事をしないどころか顔を上げる事すらしなくなった。ウザいうえに頑固とか救い様がない。だからお前らみたいな奴は嫌われんだよ。
面倒臭さと我慢の限界とを天秤にかけ、これ以上同じ空間に居たくないという気持ちが勝った。舌打ちをしながら立ち上がり、引きずって追い出す為に腕を掴もうとしたところでようやく、感情のない目がオレを見上げた。
「……メリットはあるのか、と聞いていたな。では、納得の行く利益を提供出来れば、手を貸してくれるという事だな?」
「は?」
「報酬を得たいのだろう。何が望みだ。」
ひくり、と頬が引きつる。
オレは短気な方だし負けず嫌いだって自覚はある。その分、結果を出す為の努力はするから、性格の所為ででかい失敗した事が今までなかった。
だから、何度も歯向かって来る宮代相手に、程々にとか、試合に負けて勝負に勝つとか、そういうのが完全に抜けていた。
「……何でも良いんだよな?」
「良識の範囲内であれば。」
「じゃあ、金」
腑煮え繰り返ってんのに、妙に冷めた脳の一部がやるべき事を粛々と組み立てて行く。
要求するなら、誰でも減ったら困る物が良い。額は高過ぎず低過ぎず、この場で断り辛い値に。今までの感じからして、オレがこいつにビビった事をネタに集られはしないし、この先そうなっても悪いのは向こう。やり返しても許される。
金額を下げようとしたり、途中で払えなくなったら即終了。金目当てで仲間に入りたがる奴を見付けておいても良いかも。意外と金持ちで長期戦になっても、そっちに押し付けられる。大層な信念持ってる風に話してるこいつが、金で買ってるって気付かずに、煽てられるままズブズブ嵌ってったらって考えるだけで笑えるな。
まあ、それだと遠くから見てる感じになるだろうから、出来たらさっさと払えなくなったこいつに「本能レベルで大事な使命って、それしか価値ないんだな」って言ってやりたいけど。
「家事などの労働力の提供や、勉強を教えるという事では駄目なのか。」
「は? 嫌に決まってんだろ。影響出ないようにしてるっつってたけど、ヤバいもん垂れ流してんのは変わんねぇんだろ? んな奴と同じとこに居たいと思うか?」
当人が言っていた設定で退路を塞ぐと、弱いところを突かれたのか宮代は推し黙った。少し間を空けた後、分かったという答えが返って来る。
「ただし、世の経済の循環に支障が出るような額は勿論だが、鴇坂の金銭感覚に悪影響が出るような額も支払えない。それでも良いか。」
「それって、いくらだよ?」
そういう名目で値切るつもりだろうなと思いつつ聞いてみると、バイトの時給を訊かれたので、特に嘘も付かずに教えてやる。宮代は少し考えるような間を置いてから、四時間分のそれよりも少し多い額を提案して来た。
「制御にかかる時間は状態によって異なるが、長くても一時間はかからない。大半は十数分で終わる程度で終わるはずだ。」
世界の命運がかかってる事になってんのに、やっすいな。笑いそうになったのを隠して何食わぬ顔で了承してやる。あくまで目的は、こいつに自分の提案を後悔して諦めさせる事。遊びで考えた設定を守る為にこの額を払い続けるのは、普通に痛い。
「では、宜しく頼む。」
余裕を取り戻したのかこっちの思惑も知らずに差し出された手は、勿論無視した。
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