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13.新しくて嫌な習慣

 宮代は仲間が出来たのがよっぽど嬉しかったのか、「じゃあ早速やってもらおう」とか言い出したから、適当な理由を並べてなんとか帰したのが昨日。  あれだけ巻き込みたがってたからには、今日は朝一で押しかけ来たりだとか、玄関開けたら待ってましたとかやりかねない。  死ぬ程怠い気分でベッドを這い出し、でも追い払う時間確保しねぇとってさっさと支度する。事故らない程度にチャリ飛ばして、どの辺りなら置いてけそうかって考えてる間に、何故か普通に一人で学校に来られていた。まじかよ。呆気な過ぎて夢かと思った。  逆に昨日の事が夢だったとかねーかなぁ、なんてぼやっと思いながら教室に入る。自分の席の方に視線を向けると、その先に昨日も散々見た顔があった。  まあ、そうだよな。んな都合の良い事あるわけないよな。  分かってはいても、冗談半分の期待だって裏切られたらそれなりに腹が立つ。席に着く間際、本から顔を上げて宮代が言った「おはよう」は無視した。舌打ちで返さなかっただけ、オレは頑張ったって言って良い。  勿論、このくらいで怯むような繊細さを持っていない宮代は、近寄んなって空気を完全に無視してオレの席まで来やがった。 「鴇坂、今日は何時頃ならば都合が良いだろうか。」  本当、図太い。遠慮なく呆れを滲ませながら、普段バイトが終わって家に着くぐらいの時間を教える。 「分かった。では、それで。」 宮代が平然と返す。そしてそのまま、自席に戻って行った。  いや、別に戻って良いんだけど。予想外で逆に気持ち悪い。絶対やたら話しかけてウザい絡み方すると思ってた。  いまいちすっきりしない気分を抱えたまま、登校してきた田崎の席に向かう。宮代は大人しく本を読んでるだけで、追い掛けて来ないどころかこっちを見もしない。  その後も、教室移動や昼飯、下校の時にすら気付いたら居なくなってるって具合で、結局、朝以外は何も話しかけられなかった。  学校だと普通の人間の設定なのか? あの感じだから、コミュ障で輪に入り込めないだけかも。どっちでも良いけど、四六時中構わなくて良いならまだマシだ。  一つ肩の荷が降りた所為か、バイト中は忙しかった事も重なって宮代の事がすっかり頭から抜けていた。ようやく思い出したのは部屋に帰る直前、共用の外廊下を歩いていた足が宮代の部屋の前を通り過ぎようとした時だった。  あー……。今日からコレやんないといけねぇんだ。  イヤホン外してないのに聴こえてた音が一センチくらい遠くなった気がする。親指のささくれを無意識に爪が引っ掛けた。  まぁでもしばらく我慢すれば、何っにも考えてなさそうなあの阿保面から、金もプライドも毟れるだけ毟り取れるんだって思えば悪くない。  妙な楽しさというか高揚感に包まれながら呼び鈴を鳴らしたオレは、まさかたった数分後に滅茶苦茶後悔する事になるなんて、少しも気付いていなかった。 「ありがとう。仕事終わりだろうに、すまないな。」  扉を開けた宮代は相変わらず薄っすら気味が悪い。ただ、感謝してる感ゼロの顔してんのも、全然申し訳なくなさそうだし労う気ないだろって声色も、はいはいミステリアス気取りご苦労様で流せる程度には、昨日と今日で耐性が付いた。  小さな玄関で靴を脱ぎ、廊下とキッチンが合わさった空間を宮代の後に続く。その奥にある居間兼寝室の扉が開かれると、オレは思わず眉を寄せた。  まず目に飛び込んで来たのは、床に描かれた大きな星型の多角形。それから、水晶といくつかの髑髏。  棚には分厚い本や謎の道具が置かれてて、壁は宗教画風のポスターやら異国の模様と謎の言葉が書かれた怪しげな物が貼られている。しかも、その合間をアニメかゲームかサブカルかのグッズが乱雑に埋め尽くして──。  なんて事はなく、ごくごく普通のベッドと本棚とテーブルがぽつんとあるだけだった。  片付いてるを通り越して、殺風景にすら見える部屋に目を瞬かせる。ありったけの偏見を込めて想像していた光景との差は随分と大きい。  やり方を説明するので一先ずかけてくれ、と促された床を見れば、これまたぽつんと置かれたクッションがあった。  客に対する気遣いみたいなのはあるんだなという驚きと、気ぃ遣えるならもっと根本の部分で遣えよという不満が混ざりつつ、大人しく腰を下ろす。無駄にきっちりした姿勢で向かいに座った宮代が、悠然と口を開いた。 「鴇坂にやって貰いたい事は、特段難しい作業ではない。俺の肩でも腕でも何処でも構わないから体に手を当て、『中の物を押し込める』という意識を持ち続けてくれ。終了はこちらから声をかける。以上だ。」 「……は? それだけ?」  大層な人生を語ってたからには、制御と調整の手伝いとか言うのも、とんでもない事を要求してくんじゃねえのかと思ってた。驚いてつい聞き返えすと「うむ」と軽く頷かれる。 「大きく揺らされている器から水を零さない為に蓋をする、と言えばイメージし易いだろうか? 水──つまり魔力を溢さない為に、揺れを収める事が制御。揺れが起きないように、あるいは、揺れても小さな規模で済むようにしておく事が調整だ。俺がそれらを行っている間、何かがあった時の為に蓋をする。その蓋が鴇坂の役割だ。」  グラスの形を作った手の上に、ぽんっと反対側の掌を乗せた後、強調するみたいに蓋に見立てた手を軽くグーパーしてみせた宮代は何つーか、内容の単純さも合わさって子供向けの実験の説明をしているみたい見える。  正直、思ってたよりかなり単純だし簡単な仕事でほっとした。かなり寒い事やらせれそうなら全力で回避するつもりだったっつっても、怪しげな部屋で怪しげな呪文とか儀式とかさせられなくて本当に良かった。  ……と、思ったはずだった。 「……っく……あ゛……」  しんとした夜の部屋に呻き声が響く。正座だった宮代の姿勢は蹲るようになり、手は指が白くなるくらいに強く腕を掴んでいた。 「う……、ぐっ……あ……」  えずいてるっぽい感じで声と息を吐き出し、時々目をぎゅっと瞑る様は滅茶苦茶苦しそうに見える。が、間近で見続けてたこっちは完全に引いてた。  早く帰りたい、以外の感想が浮かばなくなってどんくらい経ったか分かんない。つーか、さっきまで普通だった他人が急に呻いたかと思ったら、見た目は何も変わってねぇのにのたうちながら喚き出すんだぞ。人並みの良心持ってたって何割かの人間は確実に引く。  そんな事を考えていたら宮代の身体が大きく仰け反り、手が離れそうになった。  クソ程面倒な事に、完全に集中が切れるとわかるらしい。どうやって感じ取ってんのか知らないが、こんな事だけ察しが良いとかふざけんなと言いたい。手を当ててろつったのお前だろ。逃げるみたいに暴れる理不尽さにも腹が立って、肩を掴み思い切り床に抑え付けた。  「あ……!」  気持ち悪い。  あり得ない設定に酔って叫んで蹲るこいつが。  そんな痛い奴に付き合っている自分が。  このまま放置してしまったら何か起こるかも知れないと心の隅が震える事が、滑稽で気持ちが悪かった。  どれくらいそうしていたのか、段々と暴れる事がなくって呻き声も小さくなり、荒い呼吸も整い出した頃にやっと「今日はここまでで大丈夫だ。」と宮代に言われて、大きく息を吐いた。無理に集中していた所為で頭が痛いし、うっすらと肌に張り付く服の感覚が煩わしい。  ついさっきまでの事が嘘のように無機質な顔に戻った宮代が何か言っていたけれど、これ以上相手をする気力は欠片も残っていなかった。曖昧な返事と合わせて、今日はもう帰ると打ち切って部屋を出た。  力ない足取りで自室に戻り、閉めたばかりの玄関の扉に背を預けてずるずると座り込む。帰り際に渡された報酬の入った封筒がするりと手から抜け落ちた。  それもどうでも良いくらい、色々な事が起こり過ぎた。ため息と共に出た、マジかよ、という呟きは何に対してなのか自分でもはっきりしていない。  季節柄、数分俯いていただけで冷えた体がこんな事しててどうすんだよと冷静さを連れ戻す。そうじゃなきゃ、しばらく動く気になれなかった。  立ち上がりながら緩慢な動作で確認した時刻は、宮代の部屋に居たのは三十分程度だった事を示していた。

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