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16.日常に戻る

 あれから一週間。オレは宮代の所に一度も行ってない。なんなら会話もしてない。  あの日の翌日、ブチ切れた頭ん中では、おいどうしてくれんだよって怒鳴り込んでたけど、長ったらしいだけで中身スカスカの理屈をぐだぐだ言われるだけの未来が秒で想像できたから止めた。  そしたら、これだ。   世界が人類がとか大袈裟な事言って脅してたくせに、チラチラうぜぇ視線寄越しつつ、暗くて湿った感じの雰囲気出してオレから話しかけられるのを待つっていうナメた事しかしない。  っていうか平気そうじゃん。しょっちゅうメンテが必要って設定にしたくせに、学校であの迫真の演技をする勇気はないらしい。放っとくと悪い魔力が漏れてどうとか言ってたのはあれだな。構ってくれる奴が居なくてしつこくしたら余計に嫌われた、って経験をそれっぽく言い換えただけだろ。つーか。 「くっそ迷惑」 「どうした? 将吾がまた何かしたのか?」 「してねーし!」  田崎を迎えに来ていた泉が、その田崎にさらっと濡れ衣着せる。やばい、思った事そのまま出てた。  とばっちりを受けた田崎の反応が、してないってば! から、してない……よね? に変わったあたりで流石に可哀想になって、なんでもねーよと教えた。安心したのかへたり込む田崎の背を、揶揄い過ぎたごめんと泉が軽く叩く。  あぁ、楽だ。普通に会話が出来るって凄ぇ楽。ここ数日、そんな気持ちがじわっと浮かぶ度に、宮代と関わるのがどれだけストレスになっていたかを実感した。 「そうだ。昴、明後日って大丈夫そうか?」 「悪ぃ言ってなかった。別の奴に代わってもらったって言ってたから行ける」 「マジか。良かったぁ」  大きく胸を撫で下ろす泉の反応は田崎っぽい。普段はイメージ被んないけど、オーバーリアクションするとこが似てんだよな。この話をしに来た時も、少し早いけど学年末考査の為に勉強を教えて欲しい、って二人で頭を下げた動きがぴったり揃ってた。  バイト休みだし見てやるか。と軽く引き受けた翌日に、シフト代わってくれませんかって打診されて、泉には予定が決まるのを待ってもらっているところだった。 「いやぁ……。昨日ちょっとやってみたんだけど、結構な範囲教えてもらわないとやばそうで……。悪いな」 「いいって。どうせオレもやるし」 「おれら部活バカだからねー。昴が居てくれなかったら補修確定だもんねぇ」 「将吾はもうちょい真面目にやれよ」  ひどっ! めっちゃ真面目だしー! と言う田崎と、ケラケラと笑う泉の声が飛び交う。平和だ。あいつに関わり続けていたら、こいつらと話してる余裕も勉強する時間も碌になかったんだろうなと思うと、あの時突っぱねて正解だった。宮代に自分のやった事を後悔させるっていうのは出来ないかも知れないけど、その分、無くさずに済んだものの価値は大きい。  放課後、じゃあ、と軽く手を上げる泉と元気良く手を振る田崎と階段の前で別れた後、ここ数日ですっかり使う機会の増えた自習室に向かう。勉強は殆どが家かバイト先の休憩室でしていたけれど、今は出来るだけ自室に居る時間を減らしたかった。  目的の部屋の前に着くと、宮代が近くに居ないかを確認してからさっと中に入る。出来るだけ静かに開け閉めをしても扉の音が響くように感じる室内は、今日も集中で満ちていた。  きりりとした静けさに身が引き締まるのは悪い気分じゃない。利用者のマナーはちゃんとしているし、歩き回る奴が居ない分、図書館よりも静かなくらいだ。あいつの関心が他に移った後でも時々使おうかな、って思える場所を見つけられたのは嬉しい誤算だった。  紙を捲る音とペンを走らせる音が僅かに崩れた均衡を整えて行く間を通り、一人分ずつ衝立で仕切られたテーブルを選ぶ。よし、と小さく息を吐いてからしばらく手をつけられないでいた問題集を開いた。  あれから一週間。オレは宮代の所に一度も行ってない。なんなら会話もしてない。  あの日の翌日、ブチ切れた頭ん中では、おいどうしてくれんだよって怒鳴り込んでたけど、長ったらしいだけで中身スカスカの理屈をぐだぐだ言われるだけの未来が秒で想像できたから止めた。  そしたら、これだ。   世界が人類がとか大袈裟な事言って脅してたくせに、チラチラうぜぇ視線寄越しつつ、暗くて湿った感じの雰囲気出してオレから話しかけられるのを待つっていうナメた事しかしない。  っていうか平気そうじゃん。しょっちゅうメンテが必要って設定にしたくせに、学校であの迫真の演技をする勇気はないらしい。放っとくと悪い魔力が漏れてどうとか言ってたのはあれだな。構ってくれる奴が居なくてしつこくしたら余計に嫌われた、って経験をそれっぽく言い換えただけだろ。つーか。 「くっそ迷惑」 「どうした? 将吾がまた何かしたのか?」 「してねーし!」  田崎を迎えに来ていた泉が、その田崎にさらっと濡れ衣着せる。やばい、思った事そのまま出てた。  とばっちりを受けた田崎の反応が、してないってば! から、してない……よね? に変わったあたりで流石に可哀想になって、なんでもねーよと教えた。安心したのかへたり込む田崎の背を、揶揄い過ぎたごめんと泉が軽く叩く。  あぁ、楽だ。普通に会話が出来るって凄ぇ楽。ここ数日、そんな気持ちがじわっと浮かぶ度に、宮代と関わるのがどれだけストレスになっていたかを実感した。 「そうだ。昴、明後日って大丈夫そうか?」 「悪ぃ言ってなかった。別の奴に代わってもらったって言ってたから行ける」 「マジか。良かったぁ」  大きく胸を撫で下ろす泉の反応は田崎っぽい。普段はイメージ被んないけど、オーバーリアクションするとこが似てんだよな。この話をしに来た時も、少し早いけど学年末考査の為に勉強を教えて欲しい、って二人で頭を下げた動きがぴったり揃ってた。  バイト休みだし見てやるか。と軽く引き受けた翌日に、シフト代わってくれませんかって打診されて、泉には予定が決まるのを待ってもらっているところだった。 「いやぁ……。昨日ちょっとやってみたんだけど、結構な範囲教えてもらわないとやばそうで……。悪いな」 「いいって。どうせオレもやるし」 「おれら部活バカだからねー。昴が居てくれなかったら補修確定だもんねぇ」 「将吾はもうちょい真面目にやれよ」  ひどっ! めっちゃ真面目だしー! と言う田崎と、ケラケラと笑う泉の声が飛び交う。平和だ。あいつに関わり続けていたら、こいつらと話してる余裕も勉強する時間も碌になかったんだろうなと思うと、あの時突っぱねて正解だった。宮代に自分のやった事を後悔させるっていうのは出来ないかも知れないけど、その分、無くさずに済んだものの価値は大きい。  放課後、じゃあ、と軽く手を上げる泉と元気良く手を振る田崎と階段の前で別れた後、ここ数日ですっかり使う機会の増えた自習室に向かう。勉強は殆どが家かバイト先の休憩室でしていたけれど、今は出来るだけ自室に居る時間を減らしたかった。  目的の部屋の前に着くと、宮代が近くに居ないかを確認してからさっと中に入る。出来るだけ静かに開け閉めをしても扉の音が響くように感じる室内は、今日も集中で満ちていた。  きりりとした静けさに身が引き締まるのは悪い気分じゃない。利用者のマナーはちゃんとしているし、歩き回る奴が居ない分、図書館よりも静かなくらいだ。あいつの関心が他に移った後でも時々使おうかな、って思える場所を見つけられたのは嬉しい誤算だった。  紙を捲る音とペンを走らせる音が僅かに崩れた均衡を整えて行く間を通り、一人分ずつ衝立で仕切られたテーブルを選ぶ。よし、と小さく息を吐いてからしばらく手をつけられないでいた問題集を開いた。  外が暗くなったあたりで一度休憩を挟む。今日はまだやれそうだ。  固形物を腹に入れ、改めて机に向かった。  目標の範囲より五ページ程進んだ所で机の上の紙パックに手を伸ばす。数口分の残りを飲み干すと、全身にじわっと甘みが広がった。反対の手で取った端末で確認した時刻は、自習室が閉まる二十分前だった。  やっと集中力戻って来たし、もうちょいやってこうかな。でも、今朝の天気予報には雪マークが付いていた。少し迷ってから、まぁちょうどキリも良いし。と、そのまま荷物を纏めて部屋を出た。

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