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18.その後、雪が降った

「何故……そのような事を言う。」 「え? お前が言った事とやった事、まとめただけなんだけど?」  軽い調子で首を傾げれば、だから何故そういった解釈になるのだ、と少し狼狽えたように宮代は食い付く。 「だって、何の役にも立たねぇ事やらされてるじゃん、オレ。毎回死ぬ程疲れるから、終わった後まで影響あるし。お陰で、凄ぇ時間無駄にさせられてんだよ。やんなきゃいけない事も、やりたい事も全っ然出来てない」 「それは、すまな──」 「けど、お前からしたら、全人類の為には仕方がない事。なんだろ?」  宮代が僅かに目を泳がせる。一つ息を吐くと、直ぐにいつもの顔に戻った。 「身体の疲労ならば、魔術で回復させる事が出来る。やり甲斐も、平穏が保てている間は何を成せているのか実感が湧かず感じ辛いかもしれない。だが、確実に世界の為に貢献をしている。それだけは、どうか誇りに思って欲しい。」  誇りって。何でこの流れでそんな事言えんだか。どうしようもなく馬鹿げた事を言われた所為で、わざとそうしなくても笑った調子になった。 「いい加減クッソ寒いって気付けよ。普通に学生やって楽しんでる奴のお守りが、世界と人類の平和に貢献って。ニュースでどっかの内乱とか貧困とか、しょっちゅうやってんのに? 今までの奴、よくそれで騙せたな」 「不甲斐ないとは、思っている。しかし、暴走する力を減らす為に魔力の総量を減らさなければならない現状では、魔術を用いた救済に制限が出る事は避けられない。であれば、ヒトの立場を借りて不足分を補う道も検討すべきであり、学生という立場を経験する事は、社会へ溶け込む為に必要な工程なのだ。」 「あっそ。で、そうやって他の奴等は、お前がち気持ちよくなる為に無条件で助けくれるんだ? オレみたい協力者は、人生滅茶苦茶にされても我慢しなきゃいけないのにな?」 「そのような事はしていない……!」  笑えるくらい劇的な話を好む奴には、このくらい大袈裟に言ってやった方が効くらしい。反論の速さが、宮代の動揺を表していた。 「結果的にそうなってんだって。お前の相手してたら何時間使わされんのか、分かってねぇだろ。最低週三で、毎回三十分以上。で? それ、あと何ヶ月やんだよ。年単位とか言わないよな? お前の言う通りにやってたらどれだけ潰れんのか、いっぺん考えろ」 「……具体的な期間は、分からない。ひと月程で離れる場合もあるが、数年間世話になった事もあるので、一概には言えない。」 「冗談だろ。就活どころか受験にも使えねぇ事させといて、どうやって責任取んの?」 「そういった事に対する助力も、望むのであれば対価として提供する。しかし、言わせてもらうならば、お前が気に病んでいる将来というものは、世界の平穏が保たれてこそだという意識も持って欲しい。」 「偉っそうに語ってんじゃねぇよ。それ『生きてるし、人殺しの共犯にもならなかったんだから、後はどうにでもなる』って事だろ」  ヒトゴロシ、ってオレに言われて宮代は肩をびくつかせやがった。自分は簡単に人の生き死にを引き合いに出すくせに。暴発したらみんな死ぬって吐かしてたのお前だろ。大袈裟な言葉でゴテゴテ飾り付けんのが好きなだけで、自分が今まで何を言って来たのか少しも分かっていない。  だから、不幸な救世主を気取ってるクソ野郎に、自分が他人にどういう事を要求しているのかを教えてやる。 「ほら。嘘じゃないなら、いい加減ちゃんと頼めよ。今まで普通にやって来てんだから簡単だろ? 『人間を犠牲にしないと人間を助けられません。でも世界の為だから、お前一人くらい良いだろ』って」  無視されてた事実を晒すだけのつもりだったのに、人の人生掻き回しといて正義面してんじゃねえよ、と最後に低く溢れた。  ずっと苦しめられて来たあの現象が、本当に魔法の所為だって思ったんじゃない。今までのも全部こいつが起こしてるとか、ああいう事をして来た奴等に宮代が絡んでるって妄想してるわけでもない。  それでも、燻り続けた怒りと悔しさを向けられる先を見つけてしまった今、どんな言い掛かりじみた理由を付けてでも、ぶつけられずにはいられなかった。  晴らしたい。吐き出したい。傷付けたい。分からせてやりたい。  人も空気も凍えそうな夜の中で、自分だけが嫌に熱かった。  少し視線を彷徨わせた宮代は最初の日と同じように俯いていたけれど、流石に分が悪いと思ったのか、じゃなけりゃ単に寒かったから取り敢えず答えないとと思ったのか。オレに急かされるよりも先に顔を上げた。 「お前の主張は尤もだ。しかし、今の方法以外にこの身を保つ術はない。故に、許可を得るのではなく、宣言という形を取らせてもらう。」  意外にしっかりと視線を合わせた宮代の目は、一週間前と同じ陰気な色をしていたけれど、あの日見た怪物はもう居なくなっていた。  少し強張った無表情はいつもと大差がない。気持ち悪くて勘に触る、一番無くなって欲しい独特の雰囲気は変わらずに残っている。 「鴇坂。俺は、今後もお前の時間を奪う。恐らく数ヶ月に渡って。」  随分開き直った事言うな。と思った矢先に、平然としていたその眉間がくしゃりと歪んだ。 「だが、せめて……。少しでもお前の負担が少なくなるよう、未来の幸に繋がるよう、尽力したいと考えている。」  今直ぐにお前を解放してやる事が出来ず、すまない。と、ようやく頭を下げてた宮代を眺める自分は、思ったよりも冷めていた。

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