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24. 硬い床から柔らかいベッドへ

 ずるり、と、力尽きた腕が離れたのを合図にそのままオレも床に倒れ込んだ。  気ぃ抜いたら死ぬんじゃないかってくらい、何かもうぐっちゃぐちゃな事が起こった。それなのに、滅茶苦茶疲れた以外の不調が残っていないなんて嘘みたいだ。どこも痛くなくて、不味くない空気を思い切り吸える事が心底嬉しい。 「……ったく……嫌味かよ……」  文句を溢せる事さえ、危険が去った証拠だと思うと有り難みを感じた。抑揚の少ない声が、同じように息を上がらせながら答える。 「いや……。鴇坂の、言う通りなのかも知れないと、思ったから。」  飾り気のない響きが、力の抜けきった体にするりと溶ける。何故か、いつもの気持ち悪さは少しも感じなかった。それがより一層、緊張を忘れさせた。  この季節の床を冷たく気持ちいいとか、硬くてぐらつかないのって良いなとか思うなんて、どうかしてる。常識を保とうとしているのはプライドだけで、一難去った後の安堵感が睡魔と仲良く手を繋いで、オレの理性を無視して突っ走って行く。 「バカじゃ、ねぇの……」  なんとか返した言葉への反応を確かめるより早く、意識は夢の世界に流れ去る。自由になった風船が高く高く登って行くよう軽やかな眠気は、随分と久しぶりな気がした。 ****  ぼんやりとした意識に、薄い膜を通して光が差し込む。  ……眩しい。  文句は頭の中でくっきり浮かんだはずなのに、体の暖かさがそれをふんわりと包んでぼやかした。  朝……何時? ……あー、でも……目覚まし、鳴ってないし……いいか。あったかいし……いい、よな……。  ──っていうか、目覚ましかけたっけ? 「っ!?!?」  慌てて枕元に手を伸ばしたけれど、ぼすぼすとマットレスを叩く音がするばっかりで肝心の端末がない。布団を跳ね飛ばして起き上がり、テーブルの上に目当ての物を見付けて駆け寄った。画面をタップすると、趣味じゃないイルミネーションの写真を背景に数字が浮かぶ。  表示は──起床予定時刻の十分前だった。 「あっぶな……」  気の抜けた体を暖房の風が撫で、カーテンに遮られた太陽光の代わりに天井のライトが照らす。そりゃあったけぇし、眩しいよな。  ……で。何で家に帰れてんの?  すっかり覚醒してしまった頭に、当たり前の疑問が浮かぶ。昨日の記憶は隣の部屋でぶっつり切れていた。まさか、担いで連れて来られた? じゃなけりゃ、無意識だけど自力で帰って来たか。つーか、どっちにしても玄関の鍵って?  赤くなったり青くなったりする中でふと、部屋着のポケットの重さに気付く。目をやると見慣れた封筒の端が覗いていた。  これって……あれか? いつの間に、っつーか。あんな状況で嘘だろ。  信じられない気持ちで開けるとそこには、事の次第を記したメモ書きと普段の倍の数の紙幣が収まっていた。

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