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25.静謐な朝

「やーいいね、もうテスト気にしなくっていいって! ホント嬉しいねー朝練最高だねー!」  校舎に向かう途中で遭遇した田崎は、解放感でテンションが上がり過ぎているのか、同じような事を数分置きに言いう奴になっていた。 「分かったって」  苦笑いで窘める泉は、この絶妙にウザいけど無碍にはしにくい嬉さオーラを散々浴びた後だったらしい。教室の前で別れた時、いつも以上にあほだから見守りを頼む、とこっそりオレに言った顔には、爽やかさと一緒に疲れが滲んでいた。  ミュージカル映画かってくらいの足取りで歩く田崎は、背負っていたリュックを自席に放置して当たり前みたいにオレに着いて来る。 「昴もさー、テスト前しんどそうだったじゃん? 元気そうな顔が見れて先生嬉しいぞー」 「誰だよ……。つーか、そんなヤバかった?」 「過去一ヤバかったかもだねぇ。けどさー、おれらの勉強付き合ってくれたじゃん? だからここはー、おれプロデュースでめっちゃ労いまくるしかないな! って思ってたんだけど、今日になったら全然大丈夫そうで先生ちょっと寂しいぞー」  寂しいと言いつつ、オレの机に腕をついてコロコロと表情を変える田崎は結構楽しそうだった。  確かにずっと苛々してたし、かなり心配させたかも。申し訳ない気持ちになったけれど「だから空いてる日教えて」と笑うこいつには、謝るよりもとことん遊んでやった方が礼になる。 「今の内に労っとけ。二年のテストなんて頻度同じで難易度上がるから、お前、人の事構ってらんないだろ」  予定に目を向けながら揶揄うと、田崎はうわーっと声を上げて盛大に頭を抱えてみせる。  まぁヤバかったら教えてやるよ、と言って笑った自分の声は陰りがなく、田崎の言う通り何かが変わったのかもしれない。思い当たる節は……なくはない。でも、たった一日でそうまで変わってしまう事だったのかの判断はまだ付かないでいる。  ──そういや、あれってどうなんだろ。  休日を数えていた指が止まり、習慣になった行動が浮かんだその時。 「おはよう鴇坂、田崎。」  静謐な深い声が鼓膜を打った。 「あ、おはよー」 「あぁ……おはよ……?」  一度もまともに返した事のない言葉が、ぽろりと溢れる。  数瞬視線を交わした後、何もなかったみたいに横を抜けて行った人を自然と目が追った。凛と背筋を伸ばして歩き、下ろした鞄から淡々と荷物を取り出す姿は静かで、騒めく教室内とは対象的だったけれど、少しの無理もなく日常の中に収まっている。 「……なぁ」  呆然としたまま、慣れた様子で挨拶をしていた隣に問いかける。 「宮代って、あんな感じだっけ……?」 「ん? うん」  なんで? と聞く田崎に、そんな事なかっただろと断言出来たはずの心は、ふわふわと漂うばかりで上手く言葉にならない。  斜め後ろの先に腰を降ろした人は、仄白い指で公立図書館の印の入った本を支え、慎ましく文字を追っている。その風景は、初めからずっとそうだったみたいに冬の澄んだ朝日に照らされていた。

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