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27.二年の春

 ざあぁ、と葉が揺れる音が抜けるような青空の下に響く。  暖かな陽光は制服姿の人々が行き来する煉瓦作りの歩道に木漏れ日を落とし、新しく始まる日常の予感に浮き立つ足元を淡い花びらがふわふわと舞った。  大小様々な一喜一憂があちこちで咲く中を一人で抜けて行く。  クラスとか別に誰と同じでも良くない? と聞こえた声にオレもそっち側だなと思いつつ、昴はどうせ特進行っちゃうよねと言って眉を下げた顔と、昼は一緒に食おうなと隣を励ましながら笑う姿を思い出す。そんな事を言って貰えた身としては、完全に同意するのもまた違う気がした。  とりあえず、普通に授業が受けられるなら充分。  進級した事に感慨とか湧かねぇし、成績上位者のクラスに振り分けられたのも、当然だろっていう気持ちの方が強い。まあ、あー良かった、とは思った。最悪の場合『やはり監視下に置くべきだった』って急にあいつらが言い出して、強制的に実家に戻されかねない。  目当てのクラスの前で、ロッカーに荷物を詰めていた生徒がふいにこちらを向く。そうでなくたって、春めく賑わいの中で一人、ひんやりと静かな人は目を引いた。 「おはよう、鴇坂。」  抑揚のない挨拶に「おう」と応えて、人一人分を空けて横に立つ。そこに、割り当てられたロッカーの位置がそうだった、という以外の意味はもうなくなった。 「クラス、被ったな」  特に拘っていないと思ったばかりの話を振る。こいつにだけは、意味のある話題だからだ。 「ああ。まだ本調子ではないから、出来るだけ鴇坂と活動場所や時間は揃えておきたくてな。そうなるようにしたのだ。」 「え?」 「今年も宜しく頼む。」  パタンと扉を閉め、黒髪が教室の中に消えて行く。呆然と見送る頭に「またくだらない嘘吐きやがって」じゃなくて「お前そういう事するタイプだっけ?」と浮かぶようになるなんて、二ヶ月ちょっと前の自分なら想像もしていなかった。  この数週間で、貰う対価以外にも関係と印象が大きく変わった。  ウザい怖いムカつく気持ち悪い等々。ありったけの種類の嫌悪感を湧き上がらせていた〈何か〉が、あの夜を境に宮代からなくなった。  そりゃもう、憑き物が落ちるってこういう時に使うのか、って浮かぶくらいには突然で、綺麗さっぱりと。 ただ、ずっと持ってた印象まで変わるとは限らない。宮代との付き合い方を変えると決めた時、拒絶したい気持ちや恐怖心の名残に耐える覚悟も決めていた。こっちに事情があったとはいえ、それを口実にしてあんな態度を取っていたのは間違いなく悪意と敵意からで『知らなかったからおあいこ』で済ませて良いような軽いものじゃない。  だから、禊って言うか償いって言うか。ボソボソとでも宮代に「何か、色々誤解してたっぽくて悪かった」と言ったからには、ずっと良い状態じゃなくてもしばらくは手を貸すつもりで腹を括っていた……んだけど。  蓋開けてみたら、これだよ。  センサーぶっ壊れたんじゃないかってくらい、普段の宮代どころか例の手伝いをしている時すら、オレの体には何の変化も起こらなくなった。引く程のたうち回ったり声をあげたりはしなくなったから、単に向こうが良くなった影響だろうけど。  ただ、魔法だ何だのの道に進む気はさらさらないのに「今日は楽そうだな」とか「この前よりちょっと荒れてないか?」とか、宮代の調子の良し悪しに勘が働くようになったのは微妙な気分だ。

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