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28.「嫌い」から昇格
晴れて無害(?)になった宮代を見てて思ったのは、こいつは基本真摯で、良い意味で平坦で、意外と素直な奴だって事。あと、それが全部合わさるとたまに「あー」ってさせられる事。
あの夜「明日は放課後な」ってその場の勢いで口走った事を、翌日になって後悔しなかったとは言わない。当たり前だろ。ドアも壁もぶち抜いて存在アピールしてくるような奴と同じ部屋にこもって勉強って。正気の沙汰じゃねぇよ。「バイト先に呼ばれたからちょっと遅れる」くらいの嘘は吐く。
ドアノブに手をかける前に一回ふぅって息吐いてから、腹に力を込める。
やけくそ気味に、あいつと居て集中出来るようになったら入試で緊張しようが圧迫面接受けようが余裕だろ、って理屈を頭に突っ込んで玄関に飛び込んだ。「お邪魔します」って意識してないのにぽろっと出て。それから、気合い入れて居間のドア開けて。
「お疲れ様、鴇坂。」
「ああ……。お前も」
ところが『また今日もやんなきゃいけないんだな』って合図になってた最悪な言葉が、何でだか普通の挨拶程度には聞こえるようになっていた。
そっからは、外での見付けやすさとは反対に、部屋では水か空気かってくらい居るのが全然気にならなくなった。無言の時間が続こうがお互いで別の事してようが、嫌な形で集中を妨げられた事は一回もない。
不思議なのところを挙げるとしたら、無関心っぽく見えるのに、オレがノートの前でしばらく頭捻ってると「どうした?」って絶妙なタイミングで尋ねて来る事くらいか。
「解いた、けど……。よくこんなピンポイントで嫌な問題選んで来んな」
「不安がある所かと思ってな。当たったようで良かった。」
差し出された手に回答を渡してから『ぶどう糖』と太文字で書かれた飴を口に放り込む。甘党じゃなくても、頭を使った後の糖分は旨い。
伸びをしながら改めて、こいつの頭の良さは本当予想外だったなと思う。同学年で、しかもこっちは成績良い方ってなると、問題集を割り勘で買うとか身近に競う相手が居るとモチベーションが上がるかもとか、正直それくらいしか期待してなかった。
ところが実際の宮代は、正答率がめちゃくちゃ低い過去問を余裕で解くわ、文系理系問わず分かりやすく解説出来るだけの知識はあるわ、テストとか自主学習の具合を見て対策立ててくれるわと、完璧過ぎる活躍ぶりだった。
頭どうなってんの? って思わず聞いた時も「そう出来ているだけだ。長く生きているしな。」と、飴って砂糖で出来てるから甘いよね、くらいの嫉妬するのも馬鹿らしいトーンで返されたもんだから、使えるものは使ってやれと開き直った。
「予想よりも解答速度は遅かったが、その分、正答率が高い。苦手であっても落ち着きを失わず、慎重に進められた証拠だな。足元を固める事と、パターンを覚える為に数をこなす必要はあるが、地道な努力も惜しまず出来る鴇坂ならば、問題なく克服できる。」
しかもこういう時、赤い丸をさらさらと書き込むのと同じ滑らかさでそんな事を言う。お陰で、溶けきっていない口の中の物をガリガリと噛むはめになった。
関わっていく内に、平静な口調と同じ温度で発せられる褒め言葉や「すまない」や「ありがとう」は、冷たいんじゃなくて、特別に意識しなくても伝える事が出来るからだと知った。
変化の乏しい表情と声の真意を掴み兼ねるもどかしさや、裏を勘ぐりたくなる不安が薄れていく。そうする内に、やり取りの一つ一つに気安さを感じるようになれば、自然と雑談も増えた。
当たり前みたいに魔法の存在が話の中に混ざる事も、数十年どころか百年以上前の出来事をその場で見ていたように話される事も。気付いたら、歴史が好きな奴の話を聞いてる感じで、普通に受け入れられるようになっていた。
そういやこの間、強化しときたい範囲の相談してた時もそんな事言ってたな。
なあ、ドラマとかマンガ詳しい? って、聞いたのはオレからだった。
「こういう歴史の全体の流れとか細かいとことか、そういうので覚えたって奴居るじゃん? ここか……この辺の時代ので何かある?」
「そうだな……。ああ、この映画などどうだ? 監督と脚本を担当した者がとても拘って作ってくれていた。当時の事について論文を書いた事もあるそうだ。」
「マジ? ガチなやつじゃん」
「本当に好きなのだとよく分かる作りをしていたよ。造詣の深さも想像力も見事でな。当時の文化や風習を忠実に再現する箇所と、現代でも共感出来るようにアレンジを加えた箇所との塩梅が絶妙だった。」
「へぇ。レビュー結構良い。お前こういうの見んの?」
「宣伝を見て。定期的に浄化しに行っていた場所が映っていたから、興味が湧いたんだ。子供達が、魔除けの意味を込めた歌を陽気に口遊みながら歩いている場面でな。今では行われなくなったが、当時は日常に浸透したまじないの風景だったから、つい懐かしくて。現存する場所の趣も良いし、セットと映像技術を駆使して再現した街並みも見事だったぞ。」
「どのトレーラー? 何個かあんだけど」
「二分程の……。ああ、恐らくそれだな。」
そんな風に、二人で過ごす時間が意外過ぎる穏やかさで積み重なっていく。あれだ、不良がちょっと良い事すると凄ぇ良い奴に見える現象に似てる。
何にせよ、予想していたよりもずっと有益で気楽な間柄に、心地良ささえ覚え始めた自分が居る事は否定出来ない。何だかんだで普通にやってけるんじゃないか? って予感をぼんやりとさせながら、毎日が過ぎていった。
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