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30.異世界に続く胃袋

「はいはーい、じゃあ嫌いな野菜はなしねー。良い感じに盛るから期待しててー」 「ドレッシング何が良い?」 「ばっか直親(なおちか)。シェフなら気まぐれソース一択だろ!」 「分かった分かった。……変なのにしそうだったら止めるから、ちょっと待っててな」  学生やら家族連れやらが行き交う中にウキウキと突っ込む田崎を、保護者かって感じで泉が追いかけて行く。  神は座って居るが良いよ! と田崎にボックスシートの奥に押し込まれたオレは二人の背中を見送り、目の前に視線を戻した。その先に鎮座しているのは、同じ理由で用意されたドリンクバーのアイスコーヒー。 「賑やかだな。」  と、宮代。  数時間で少しやつれた田崎に、この為に頑張ったんだからと言われたからなのか。爽やかに疲れを滲ませた泉に、一年の時はあんまり話せなかったからさと言われたからなのか。  改めて申し込まれた食事の誘いに宮代は迷う事なくこっくりと頷き、季節のメニューから普通に一つ選んで、みんな一緒で良いよねと勧められるままにドリンクバーとサラダバーをセットに付けてた。オレが悩んでた時間は何だったんだよ。 「お前、飯食えんだな」  平然とアイスコーヒーを啜る顔に向かって呆れ半分で投げかけると、ああ、とこともなげに頷かれる。 「必須ではないがな。食物は栄養にならないから。」 「は?」 「以前に話しただろう? 糧は存在を望まれる事であると。食事そのものは活動に必要ではないが『俺に対して何かをしたい』と思われる事自体や『それが報われた時に満たされる人の心』が加わった場合は、力として還元される。」  いや「話しただろう」って言われても。  魔法が存在する前提で話されんのは最近もあったけど、こう、ガッとしたのって言うか、オリジナル設定っぽいやつ聞いたの久し振りだし。 「あー……。つまり、飯は食っても食わなくても問題ない、んだよな? 食う時は食い物自体じゃなくて『お前の為に用意した』とか『お前と一緒に食べたい』とか、そういう〈気持ち〉を摂取してる。で、実際に食べてみて喜ばれたら、それもそれで栄養になる──って事で合ってる……?」 「その通りだ。」 「それ、食った物どうなんの?」 「何処(いずこ)かに消える。そういえば、深く考えた事がなかったな。」  追ってみるか? って言われても。いやいい、としか答えられないだろそんなの。  興味ないし説明されても分かんねぇかも知れないし。あと、知ったらオレの意思なんてお構いなしに「魔法? 興味ねーし関係ねーよ」って言えない立場になる気がする。  今は一先ず、田崎と泉の気持ちが無駄にならないなら良いか。と、思っとくしかない。 「ただ、今回に関してはそれだけではないかも知れないな。」  深く考えるのを止めて流そうとたしところで、ぽつりと宮代が呟く。 「何が?」 尋ねてみると、正面の黒が何処か懐かしむように細められた。 「供物を捧げられる事はあったし宴が催される事もあったが、あれらは本来、これからを生きて行く人々の為のものだろう? 死者を悼み、平和を願い、時には普段よりも腹を満たして未来への糧とする儀式だ。  主役は俺ではなく人間であるべきだと思っていたから、食べたとしても数口にしていたし、賑わいに身を起き続ける事も殆どした事がなくてな。」  そう言った人の視線の先には、小さな集落が見えた。祭壇と感謝を捧げる顔を松明が照らしている。大皿に盛られた料理にはしゃぎ、酔って歌う大人にちょっかいをかけながら、貴重な夜更かしに浮かれた子供が走り回る。  突拍子もない事を聞かされているはずのに、わいわいと騒ぐ人間を離れた場所から眺める宮代の姿が、何故かすんなりと想像出来た。  普通なら寂しく見そうな絵面が満足そうに見えるのは『自分ではなく人間の為のもの』と、当たり前みたいに話されたからか。想像の中の表情は、ぼやけてよく見えない。  でも、もしかしたら……。 「人との交流を実地で体験したかったという理由もあるが、それ以上に、このような親しみを込めて食事に招かれる事が、本当に久し振りでな。……実は、少しはしゃいでしまっているんだ。」  ふわり、と。目の前の人の纏う空気が和らいだ。  夢を見るように眦が下がり、唇が緩やかに弧を描く。長い睫毛の影が落ちる目元と、その下の頬が淡く色付いた。  はにかんだようなその顔から、目が逸らせなくなる。  雪の夜みたいにしんとして、達観しているような奴だと思っていたのに。こんな──。  ──こんな、花が綻ぶ、みたいに笑うなんて。  カラン、と、氷の崩れる音が耳を打った。それに釣られて、甲高い子供の声や注文を知らせる電子音がわっと押し寄せる。途端に気不味さだか悔しさだか、あと、他の何かが迫り上がって来て、誤魔化すみたいにストローを噛んだ。  行儀悪くガジガジと歯を立て目を逸らすオレを他所に、宮代は少し減ったコーヒーにミルクを入れてくるくるとかき回す。その顔はとっくにいつもの無表情に戻っていた。

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