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32.アレと変質者は通学路に湧く
通学方法が違うオレ達は今、宮代はバスに乗らないで、オレは自転車を降りて並んで帰ってる。夕飯一緒に食べて更にこれって、友達かよ。
まあ、話し途中だったし。流れでこうなっても普通か。隣の奴の妙に落ち着いた空気感が、腹ごなしがてらふらーっと歩くのにちょうど良いのかも知れない。会話しててもしなくても変わらないから、いつ離れても良いんだし今じゃなくてもいっか? って気分になる。
オレに対する宮代の距離感についは、結構信頼し始めてたりする。面倒は見させても、あっち方面へは関わらせようとしないからだ。
使命とか言うのを、軽いやつとから再開し始めたっていう事は聞いた。あと、魔法を使える奴しか対処出来ないやつも。でも、それ関係の話を延々とされた事も、ましてや連れて行かれそうになった事も、まだ一度もない。
お陰で、こんなよくわかんねー寒気とか気持ち悪さとかが急に来る事もなくな──。
こん、な…………?
ぞわり、と肌が粟立つ。
意識した途端に悪寒と耳鳴りに侵食されて、海水とも生臭いともつかない湿ったにおいが鼻を掠める。消化しかけのホワイトソースが胃の中でぐるん、と動いた。
何だ。どっからだ。隣、じゃない。この辺の物も、いつも通る道だから違うはず。
背中側から増して来る圧迫感と前に人影が見当たらない事を確かめ、後ろを歩いている誰かだと当たりを付けた。
「そこ寄ってく」
目に付いた店を視線だけで指して返事も待たず向かって行く。何気ない風を装いたかったけれど、一歩ごとに足が早まった。
鍵もかけずに自転車を置き、道路に面した大きなガラス張りから隠れる為に陳列棚の間を縫いながら、一番奥まで進んだ。
目に付いた物を適当に取る。普段は気にもしない成分表示を一つ一つ確かめる。用心しながら場所を変え、飲み物に付けられたキャラクターグッズやらキャンペーン情報を取っ替え引っ換え眺めた。
繰り返される来店音に神経を尖らせながら十数分居座り、たっぷり時間をかけて選んだとは思えない無難な食料を持って、慎重に店を出た。中よりも冷えた空気が鼻腔を通り、違和感なく肺に取り込まれる。
すっとした冷たさは店内との温度差程度で、這い上がるような寒気は襲って来ない。耳も鼻も胃も、全部問題なし。あの〈ナニカ〉が居なくなった事を確信すると、ついため息が溢れた。
「昴、大丈夫か?」
覗き込む人の気配に合わせて、自分が持っている物と同じ店のロゴが入った袋が揺れる。寄る、って言った後はずっと無言だったのに、付いて来てくれてたのか。
「……悪い。久々だったから」
「俺は構わないが……。久々と言う事は、今のような体調不良はよくある事なのか?」
「いやあれだよ、あれ。今居たやつ」
「居た、とは?」
え? と、声に出せずに顔を上げると、気遣いでも誤魔化しでもなく、本当に思い当たる節のない表情にぶち当たった。
嘘だろ。何で分かんねぇんだよ。お前の方がそっち関係詳しいじゃん。そういうの、分かるんじゃなかったのかよ。
「変な事言った。忘れろ」
違う。そうじゃない。あんなものが存在するなんて。
分かってくれる奴が今は身近に居る、なんて。勝手に思い込んでただけだ。
「待て。何があった。」
「いいから気にすんな」
これ以上考えたくない。早く忘れたい。けれど、逃げるように歩き出したオレの手を体温の低い手がぐっと掴んだ。
「良くない。」
はっきりと、思いがけない強さを持って向けられた言葉と視線に、ぐらついた心が捉えられる。
「俺は先程まで、お前は内的な要因で体調が悪くなったのだと判断していた。しかし、お前は『居た』と言った。即ち外的な要因、もっと言えば、何某かの生命体により体調を悪化させられたという事になる。」
「いや、だからそれは……」
「再度、前提を変えて要因を推察しところ、俺と初めて会った際の状態と似ている事に思い至った。そうであるならば『害のある力を放つ者が近くに居たが、俺は気付く事が出来なかった』という事になる。」
宮代が真っ直ぐにこっちを捉えたまま言葉を連ねる。大した事じゃない、と振り切ろうとした誤魔化しが口の中で蟠った。逸らした視線も、距離を詰められたせいで気不味いものに変えられる。
「昴。俺はお前の意思を尊重する。使命を果たす為だからと言って、今のお前がしてくれている以上の事をやらせようとは一切考えていない。しかし、だからこそ、一般人であるお前が気付けていたにも関わらず、俺が感知出来なかった存在が居たとするならば、それが何であるのかを。加えて、俺は何故感知出来なかったのかを、把握しなければならない。」
頼む教えてくれ。そう言った時の声色と表情は一見いつも通りのようでいて、緊張と使命感が確かに滲んでいた。
気遣いだけだったなら、適当に流すか踏み込まれないように拒否している。でも、こいつにとっては。遙にとっては、自分の在り方に大きく関わっている事だと、ここまで言われてやっと思い至った。
馬鹿か。完全に頭回ってなかった。つーか、今更何にビビるんだよ。『逃げたくない』なんて思って、目の前のもっとヤバい奴に喧嘩売ったのは誰だよ。
「分かった。帰ったら話す」
当のそいつが、今は味方でいようとしてくれている。また逃げるなんて絶対に嫌だ、って思ってるなら、やらなきゃいけない事は決まってる。
まだ心配そうに手を掴む遙に「大丈夫だって」と「悪かった」を伝えて、帰路に付いた。
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