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33.まぁ、そんな事があった

「すまないな。自分が必要としないものだから、すっかり失念していた。」  確かに使ってるの見た事ねぇなと思いながら、新品みたいなグラスを受け取る。さっき店で買ってたのはオレ用の飲み物だったらしい。  まだ喉は乾いていなかったけれど、一口だけ含んだ。  誰かに伝えようなんてだいぶ前から考えなくなったし、自分でもずっと、あるはずないって思って事を言わなきゃならないんだ。どう切り出せば良いかが全然分からない。  少し迷った後に「何から話す?」って聞くと、迷わず答えが返って来た。 「今、心身に異常はないか?」 「──全然、何とも」  緊張とは別の理由で茶を啜ってから「それならば良かった」と言う人に次を促す。  だって思うだろ? まずそこかよって。自分の為になんて言ってたくせに。らしいっちゃ、らしいけど。 「では、どのような異変が起きた?」 「寒気と耳鳴りと、緊張感……っつーか心拍数上がる感じ。気持ち悪くもなったけど、変な臭いしたせいかも」 「誰、或いは何が要因となったかは分かるか?」 「後に居た誰かだとは思うけど……悪い。見てる余裕なかった」 「いや。俺の方こそ、気付けていなかった。すまない。対象が接近した事によって起こったのか? それとも、何かされた?」 「分かんねぇ。人じゃなくて物にそうなる時もあるから、近付いたらって可能性は高いかも」 「そうか……。」  神妙な顔をして遙は黙った。確かに、こんじゃ分かんないだろうなと思う。手掛かり少ないし、あっても大半がオレの感想だから客観的じゃない。  だから、答えたくない事柄は無理に言わなくて良い、と前置きされた質問に緊張は高まったけれど、決心は付いていた。 「参考として聞きたい。俺の件を除いて、以前にも同じ体験をした事はあるか?」 「…………ある。つーか、何度も」  刷り込んで来た常識を、自分でひっくり返す。拒絶しそうになる頭と喉を、息を一つ吐いてこじ開け、オレは話した。  昔からこういう体質だった事。  魔法やら幽霊やらにかなり否定的な両親の影響もあって、気の所為だと思い続けて来た事。  遙に会って、もしかしたら気の所為じゃなかったのかも、と思い始めている事。  他人に相談をした事がないから、原因は全く分からない事。  有難がられるような場所でも同じような症状が起こると話した時に、ふと思い立って「さっきのも、オレがおかしいだけかも」と軽く言ってみせたけれど、複雑な顔をされた。 「今日会ったのが何だったのかとか、他の奴からしてもヤバいのかとかも、正直分かんねぇ。だから、微妙な情報で悪いけど……まぁ。うん、そんな感じ」  改めて並べてみると、不確かな事ばっかの話だ。両親みたいに、はなから理解しようとしないのが正しいとは思わないけど、他人が理解し辛いっていうのはその通りだと思う。 「一つ、聞いても良いか?」 「何?」 「何歳の時からそうだった?」 「あんまはっきりしてねーけど……、四つかな」 「それからずっと、周囲に理解者がいないままで……?」 「あー。まぁ、いつもおかしかった訳じゃないし、諦めてたし。自分でも、そういうのの所為だって考えてなかったお陰で対処っつーか。何でもない、って思えてたから」  出来るだけ暗くならなように話しているつもりでも、端々に自嘲がこもった。そのくせ、下手に同情だけされてもな、なんて捻くれた感情が心の端にある。ほんと、こういうとこ面倒臭ぇ。 「……辛い思いをしたな。」  重く垂れ込み始めていた沈黙を、静かな低音がそっと破った。 「え?」 「耐える事だけが正しい選択ではないし、耐えられなかった者が責められる事も間違っていると思う。だが、誤解を恐れずに言おう。──昴、よく耐えた。己を律し、されど自我を蔑ろにせず、出来得る限りの努力を尽くした経験を、お前はもっと誇るべきだ。」  確信を持って一つ一つ丁寧に紡がれた言葉に目を張る。このタイミングでそんな事を言われるなんて、思ってなかった。 「本当に、よく頑張った。」  黒々とした眼が、まるで尊いものでも見ているかのように細められる。  頭を撫ぜるように、抱き締められるように柔らかい。普段なら突っぱねてしまいそうな慈愛が、何故かすんなりと胸に収まった。 「……ありがと」  ふわふわと現実感がないまま口にした感謝を、遙が満足そうに受け取る。  目を背けて、逃げ続けて来たと思ってたけど。そうか。  辛かったって。でも頑張ってたんだって。思っても良かったのか。

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