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34.たまには期待してみても

「……いや、んな事より!」  穏やかな空気の中にしばらく……一分以下、いや十秒くらいだった事にしときたい。ぼうっと浸っていた事を急に意識してしまって、吹っ切るみたいに話を再開させた。 「実際、何か分かりそう?」 「幾つか可能性はあるが、残念ながらはっきりとは。」 「いくつか、って。あの話役に立ったとこあんの?」 「勿論だ。」  マジかよ。理由が特定出来なかったって事より、そっちの意外さの方が大きい。 「しかし、昴には改めて謝罪をしたい。そのような状態にも関わらず、俺の面倒を見てもらってしまって。 今でも制御と調整の際は、いかんせん魔力が溢れやすい。大丈夫だと言ってくれてはいるが、辛い時は正直に言ってくれ。」 「いや、本当にそっちは平気。何でか分かんねぇけど、今はマジで全然何も感じない」  こういう事を謝る時、遙は他と比べてやたらと申し訳なさそうな顔をする。そういえば「大丈夫か?」って聞かれたら「大丈夫」って答えてたけど、何ともなくなったと伝えそびれていた。  気を遣われてるって思われないように、出来るだけさっぱりと言ったつもりだったが、遙は不思議そうな顔をした。 「確認したいのだが、それは一切、全く、何もないという事か?」 「ん? ああ」 「いつからだ。」 「あれだよ。一年が終わるちょい前の、お前が凄ぇヤバい事になった日の後。そっからは、お前が調子良さそうとか、辛そうとかはとなく思ったりするけど、こっちの調子が悪くなるのがなくなった。……っていうか、あれがあったから、何かしてくれてたんじゃねえの?」 「以前から、作業に支障が出ない範囲で影響を弱めてはいた。内容も、出来る限りの事をしていたから変えてはいない。俺の状態そのものが良くなったという点を加味しても、そこまでの効果があるとは到底……。」  疑問符がふよふよとオレ達の間を泳ぐ。ふむ、と呟いて顎に手を当てた遙が何を考えているのかはさっぱりだけど、どうもよく分からない事が起こってたらしい。 「昴。」  少しの間の後、遙が顔を上げた。 「お前の体質について、いくつか検証をさせて貰えないだろうか? その過程において、嫌な経験をさせてしまうとは思うのだが、今回の件の究明だけでなく、昴の体質についてより適切な対処法を見付ける機会にもなるはずだ。無理にとは言わないが、可能であれば協力して欲しい。」  驚きと期待が一気に押し寄せる。ぐわん、と胸が大きく広げられた。叫び出しそうなのに、つっかえて言葉が出て来ない。  待て待て駄目だ期待し過ぎるな痛い目に合うぞ。冷静な自分が、遅れて来た不安と一緒になってとどうにか抑え付けようとしているけれど、鼓動は速くなる。 「原因が……分かるって事?」  かろうじて上擦らないように止めた声で慎重に聞く。そうでないと、待ち焦がれ過ぎてとっくに灰になった希望へ、言葉に釣られて心までが飛び付いてしまいそうだった。 「ああ、恐らくは。全てを詳らかにする事が叶わなかったとしても、これまでより良い対策が出来るようになるのは確実だ。……と言うより、そうしてみせる。人の子の未来が、そのような事で狭まってはならない。」  宮代の気持ちに、少しも同情が入ってなかったとは思わない。相手によっては遠慮なく、重いしうぜぇよって偽善者に振り分けてる。 「言ってくれんじゃん」  でも目の前の奴は、人間全般にかなりの博愛精神を持ってる。自分は人助けの為に生み出されたなんて、自己陶酔の欠片もなく言う変わり者だ。  その、これからも馬鹿みたいに増えてく善行の一つに突っ込まれるだけだって誤魔化せば、二の足を踏む臆病さもプライドも収まってくれる気がした。 「そんだけ言うなら、分かった。期待してる」  茶化しながら敢えて一番怖い言葉を口にする。ただの虚勢じゃない。これに入っているのは、願いと信頼と、激励だ。 「ありがとう。詳細は追って伝える。」  きちんとその意味を受け取ってくれた遙の顔が少しだけ緩む。周りの全員と満遍なく距離を取ってる奴がちょっと素を出してくれるこの感じは、結構気分が良い。 「じゃあ、あれやって帰るわ」  話さなきゃいけない事は全部話した。遙の健康の為(って最近は解釈する事にした)に手を貸そうと立ち上がる。 「時間は大丈夫か?」 「バイト終わった後と変わんないだろ」  でも一応。と、鞄から端末を取り出す。画面には予想通りの時刻と、メッセージを受信した旨が表示されていた。相手は田崎だった。 「田崎から連絡行ってない?」 「確認する。」  遙の方にどんなメッセージが送られているかは、ほぼほぼ分かってる。この後の反応も、大体想像が付く。案の定と言うか、端末から顔を上げた遙は目を瞬かせていた。 「……昼食に誘われた。」  だろうな。オレの方に『勢いで誘っちゃった!』『困ってたらまた今度にするからフォローよろ!』って来てたし。  ノリと勢いで突っ走るのに、こういう時に『上手く連れて来て』って言わないから、田崎とは友達になれた。 「昴と泉も居ると書いてあるが……どうすべきだろうか?」 「お前がどうしたいかだろ」  こっちはこっちで、何故自分に? って本気で不思議がってるトーンで聞いて来る。  さっきの晩飯の間、気分のまま田崎が適当に喋り、セーブしようとしてた泉がどんどんペースに巻き込まれ、収集つかなくなる手前でオレが突っ込む。っていういつものやり取りを眺める遙は、見慣れたほぼ無表情を貫いていた。たまに、ボケなのかツッコミなのか分かりにくい事言ってたけど。  愛想よく振る舞ったわけでも、仲良くなった自覚もないからこその疑問だって事はよく分かる。  「けど」  あんな笑い方を見せられたこっちとしては、言いたい事があった。 「知らねー奴に『世界の為に協力して欲しい』って言われるより、普段一緒に居る奴に『困ってるから手貸して』って言われた方が、オレはやる気出る」  知ってるっていう事は、恐怖を和らげてくれる。ブレない為の強さにもなる。  いつかまた遙を怖いと思ったり、嫌悪感を覚えた時。「馬鹿言え。こいつはそんな奴じゃないだろ」と、振り払える強さを持っておきたい。  そうやって耐えた後に、貸し一つだからなと笑ってやれる関係になったら。オレは『変われた』って言える気がした。 「そういうものか?」 「そういうもんだろ」 「では……明日から、宜しく頼む。」  驚いて目を丸くした後にふっと和らいだ遙の顔は、少しだけ笑っているように見えた。

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