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35.先月末と今月の頭より来月の話がしたい
校舎内の飲食スペース。遙は備え付けのテーブルに広げパンフレット指差した。
「この辺りの地区を回るのだが、行きたい所はあるか?」
「んー、工芸品と風俗資料館──は、あんま興味ない。つーか、広くて景色良いなら、歩くので良いんじゃね?」
「周辺散策だな、了解した。」
他には? と聞かれ、手にした端末に表示された検索候補を漁る。
「何か旨いもん食いたい。食べ歩きとか良……うわ、高さヤバ。見ろよこれ、絶対食ってる間に落とすだろ」
「ほう。これはまた随分と挑戦的な盛り付けを……。」
この前提案された検証の一つとして、『現地に行ってオレが苦手な所や物かどうか確かめてみよう』って話になったのが三日前。パワースポットの文字が並ぶ投稿や記事の数から、そういう触れ込みの場所の多さが窺える。
つっても、その為だけだとしんどいから普通に色々見るかっていう軽めのノリだ。行き先、普通の観光地だし。
「腹減ったー」「お待たせ」
そこに、田崎と泉が遅れてやって来る。あれからすっかり、昼時に集まって食べるのが定番になった。
「なになにー、どっか行くの?」
向かい側に座った二人の為に場所を空けようと、遙が手に取ったパンフレットを田崎が覗き込む。
「あぁ、来月の連休に。」
「そこなら日帰りで行けるもんな。前にバーベキューしに行ったけど良かったよ」
「へー、おれ行った事ないや」
「『自然と風情をゆっくり楽しむ』って書いてあるからお前向きじゃないんじゃね」
「ところがアウトドア系は得意だなー。逆に超自然向き!」
話しながら昼食で机が埋まっていく。そこに、遙も自分の分を広げるようになったから、観光の目的に食い物を挙げられる。
「それって二人で行くのー?」
おれも行って良かったりする? と、田崎が目を光らせた。サラダの蓋を開けようとした遙の手が止まる。つっても一瞬、表情も変化なし。でも、こう答える気だろうなって予想が付く。
だから、少しだけこっちを伺い見た後に開いた口が、オレと正反対の事を言う前に遮った。
「悪ぃけど駄目。一年の時にオレが迷惑かけたやつの詫びだから」
え? と隣から聞こえた気がする。斜め前の田崎はきょとんとした顔をした後、なーんだって言って、いつも通りの底抜けに明るい顔で笑った。
「それは邪魔しちゃダメなやつだなー。急にごめんね?」
「いや……、こちらこそすまない。」
「今度どっか行こう! 昴は許してもらえるようにしっかりやれよー」
「はいはい」
実際はオレの為だけど、嘘の言い訳としてはこのくらいが無難だろう。
「みんなめっちゃリア充じゃーん。直親もだけさー。昴なんて、宮代ちゃんと出かけるだけじゃ満足出来なくてー、彼女ちゃんともデートしてーバイト先でも昴君ってカッコ良いよねとか言われて来るんでしょーどうせ。リア充の極みだわー」
田崎は、最近になって泉に彼女が出来たのが悔しいのか寂しいらしい。「リア充め!」「おれも彼女欲しいなー」とかそういう事を前より言うようになった。こっちからしたら、楽しそうに部活やってる田崎は十分充実してんのに何が不満だか。
「一個しか合ってねぇよ。つーか休みの日の飲食なめんな。んなふざけた事言ってる余裕ねぇし、言ってても聞いてる暇ねぇから」
この手のふりはもう慣れたのか、オレに向かって「頑張ってんなぁ」と素直な感想を溢す泉は、うだうだと転がってみせる隣をきれいに無視していた。
「でも昴、一個って事は彼女とは全然会わないの? 寂しいって言われない?」
「いや、だって別れたし」
「「別れた!?!?」」
あれ、言ってなかったけ? と思った直後に綺麗にハモった田崎と泉は、立ち上がりそうな勢いで身を乗り出した。
「ちょ、聞いてないし! いつ!?」
「は? あー、先月? 今月頭? とかじゃね。たぶん」
「何かあったのか? 仲悪くなかったろ」
「普通に忙しくて会ってなかったらキレられた。悪くはねぇけど、凄え気が合うって感じでもなかったし。向こう的に『もう無理』ってなったっぽい」
オレも別にいっかってなったから、って正直に答えたら、泉はうわぁって唸りながら頭を抱えるし、田崎は「とか、ですって! とか!」って、何キャラか分かんねぇ口調で机をバンバン叩きながら遙に訴えかけてた。
「俺さ、昴は友達としてはめっちゃ良い奴だと思ってるんだけど、たまにその……凄いばっさりいくよな」
「泉達が上手い事いってるだけだろ。他はこんなもんじゃね?」
「いーや違う絶対違う! だって昴は取っ替え引っ替えじゃん!」
関係ねぇだろそれ。と簡単に流そうとした時、横の黒髪がちらっと揺れた。
「取っ替え、引っ替え?」
聞き慣れない単語のように遙が首を傾げる。それに反応した田崎が「聞いてくださる!?」と変なテンションのまま立ち上がった。
まずい。言うほど酷くないし、こっち的にはまあ仕方なくね? って思ってる事だけど。でもアホ程真面目な遙に知られたら絶対に、とんでもなく面倒臭い事になる。
「一応、これでも一番長いだろ。成長してんだよオレだって」
勿論、そんな事一ミリも思っていないしどうでも良い。成長だとか前進だとかいう事にすれば、二人の性格からして言い返せないのが分かっていたから言っただけだった。
案の定、口を開いていた田崎と何か言いた気だった泉がぴたりと止まる。
「オレは部活入ってねーから、その分、勉強ちゃんとしないとまずいだろ。仕送りの事考えたら、バイトも出来るだけ入れたいし。だから付き合う前に、そっち優先する時もあるからっつって『分かった良いよ』って言われたのに、連絡が遅いだの会ってくれないのは酷いとか言われると、いや約束と違くね? ってなるんだよ。どうしても」
ついでに視線も落として見せる。慌てた泉が直ぐに「いや、ごめん。つい、自分の彼女だったらって考えちゃって」と謝り、田崎も「でも」「けど」「うーん……」と声を落としていった。
「けど、お前らに言われてやっぱ良くないよなとは思ったし。心配かけないようにするから」
強制的に話を切って、再燃する前に「つーかお前らは連休何すんの?」と先手を打った。ダメ押しで、手に持ったままだった昼食を口に入れる。
あぁそう言えば将吾が遊べ遊べってうるさくてと苦笑する泉と、今度みんなで出かける時の為に貯めとくからもう良いよーとやり返す田崎の話をいつも以上に真剣に聞き、まめに合槌を打って無事にその場を乗り切った。
煙に巻いた形になったけど、嫌いな奴だったらとっくにキレてる。だからまあ許せ、なんて。その時は余裕をかましていた。
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