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36.たぶん、もう友達
すっかり終わったものとして記憶の隅っこに流していた昼間のごたごたを思い出したのは、夜になって遙の部屋に行った時「そういえば昼の件だが。」と言われたからだった。
何かあったっけ? って、本気で思った直後。わあっと記憶が戻るのに合わせて、さぁっと変な汗が背中に流れる。
「良かったのか?」
ちらっとこっちを見た遙の顔が少しも、本っ当に全っ然いつも通りなのが、逆に怖い。
「え……何、が?」
「外出に田崎や泉が同行しなくて。」
ああそっちか。と、油断して零れそうになる。っていうか、あぁ、は出てた。
特に思い入れもない……っつったら怒られそうだけど、そんな相手との恋愛絡みのいざこざを、この道徳心の塊みたいな奴の基準で説教食らうのは、正直きつい。
それで、そういう良心を滅茶苦茶重視してる奴だって分かってるからこそ、あの時先手を打った。
「連れてく気だったわけ?」
「昴の個人的な部分に関わる要件だから、出来れば避けたいところではあったが……。」
「だろ?」
「しかし、折角の休日だ。拘束時間も長い。親しい者と共に過ごせた方が、より良かったのではないかと思って。」
「オレが断ったんだから良いんだよ」
うむ……、と曖昧な返事をした遙はどうも腑に落ちていないっぽい。
薄々思ってたけど、こいつは未だにオレ達から一歩距離を取る。他の奴らに対しても、当然みたいな顔でさらっと壁を作って近寄らせない。
親しい者、の中に自分を入れていないのもそうだ。オレはそれが腑に落ちないし、気に食わない。
「何がそんなに気になんだよ?」
「人ではない俺が、多感で、周囲との関係の構築を学ぶべき年頃であるお前達と頻繁に交流を持ってしまうと、情操教育や社会性の面で良からぬ影響を及ぼすのではないかと。」
「はあ?」
そんな事思ってたからか久し振りに、何だこいつ? って思った。ついでに、何でそんな事で悩むんだよ、って。
「人じゃないのに仲良くなっちゃったどうしようって。人のフリしてんだからそうなるに決まってんだろ」
「通常はもっと距離を置いている。だが、この身が安定していない状態だった為、有事の際の備えとして、昴とは出来るだけ活動する時間や場所を揃えておきたかったのだ。それ故、学友という立場を選んだのだが、こうなるとは……。」
「利用する為に近付いたら思ったより懐かれて、ついでに周りの奴等も寄って来て困ってるって話?」
「違う。……と認識していたが、受け取り方によってはそう思われる可能性を否定出来ない。」
おいバカ。そこは否定しとけよ。
でも、クソ真面目に突き詰めて突っ走った結果がそれ。っていうのも、こいつだと思えば頷ける。
「じゃあ逆に聞くけど、お前はどういうつもりだったんだよ?」
「友好的な人間に対しては、同じく友好的な態度を取るよう設定されている。今回は、通常よりも人間らしさを求められる環境下だった為、それを加味した上で反応を返していたところこうなった。と認識している。」
整然と、堅苦っしい答えが返って来る。人間何年目だよ。つーか下手か。
「分かり辛えよ。簡潔に言え簡潔に」
「……友人のように接してくれたので、相応しい態度をと考えて返していたら、そうなった。……のだと思う。」
「で、それって迷惑?」
「まさか。非常に快いと感じている。」
「じゃあ、良いだろ」
え? と、遙が目を丸くする。
ぱちぱちと繰り返される瞬きを見ながら、こいつは思ってるより完璧じゃないっていうか。こういう反応は、それこそ人間くさいなと思う。
「田崎と泉は、お前と仲良くなりたいって思ってんだろ? オレも、まあ、お前が良い奴だって思えた方が色々楽だし。で、お前にそれを利用してやろうって気ははない。普通に嬉しいって思って応えてる。
誰も無理してねぇし、嫌な思いもしてない。なら問題なくね?」
「それはそうだが、根本として俺は人間ではなく――」
「だとしても、物扱いするやつより良い」
両親に感謝してる数少ない事の一個が、人付き合いの制限はゆるめだった事だ。
「ごめんなさい」「はい、わかりました」以外の返事をしても良い相手が必ず居たのは、良い事だったと思う。
「確かに、配慮に欠ける者は存在するが……。」
「何かしてもらって嬉しかったから、じゃあこっちも返すか、って。そういうので、コミュ力って付くんじゃねぇの? 人間とっつーか、オレらと変わんねぇだろ」
アホな事で悩むなよ頭悪くねぇんだから。と、大袈裟に呆れて見せる。そこでやっと、遙が頷いた。
「そう……だな。当事者であるお前がそう考えているのならば、認識を改めてみる必要があるかもしれない。善処しよう。」
「だから長ぇって」
「明確に言語化した方が良いかと思ったのだ。熱心に聞いてくれていたから。」
「は!?」
何だ熱心って。珍しく悩んでるみたいだったし、こっちの意見が役に立つだろうなってのはあったけど。
だから、文句のついでに分かるまで教えてやろうと思っただけっつーか。むしろ分かれよってなっただけっつーか。変な納得の仕方してんじゃねぇよっつーか。
言葉がいくつも溢れて来ては、熱くなる顔を冷ます為に消費されて行く。結局、変な勘違いされたくなかっただけだし、と適当な言い分を投げた。
「分かったらさっさとやるぞ」
今日の分の手伝いをやって早く流してしまおうと急き立てると、ああと素直な返事が返って来る。
遙の背中に手を当てるっていう姿勢は、今みたいな関係になってからも変わってない。もっと格好付く体制ねぇのかなと思わなくもないが、一時期みたいに向かい合って手を握られるのも、床に蹲っているのを上から押さえ付けるのも、それぞれ別の意味で無理だな。ってなって、突っ伏しても良いようにベッドの前に座ってもらうようにした程度だ。
今日もすっと生真面目に伸ばされた背に手を伸ばす。触れる直前で昴、と呼ばれた。
「ありがとう。」
揺らめいた空気がはらりと解けた気配に、あの日のほころぶ顔が重なった。
「……別に。普通だろ」
あぁくそ。調子狂うな。ぶっきらぼうな返事を投げながら、この暖かさを素直に受け取れそうな二人の友達の顔を思い出して、少しだけ羨ましいと思った。
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