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37.ちょっと遠出をしてみよう

 天気は快晴。降水確率ゼロパーセント。日が高くなったら、たぶん暑いくらい。自然が多くて開けた場所は、だらだらと汗をかく事にはならないちょうど良い気温。 「では、行こうか。」  初めての遠出は、楽しんで来いとばかりの行楽日和になった。じゃなきゃ、せめて天気だけでも良くしておいてやろうっていう気遣いか。 「昨日はよく眠れたか?」 「んな子供じゃねーよ」  そうは言ったし実際に眠れはしたけれど、緊張がないわけじゃない。一応の名目は、オレの体質検査かつ観光。ただし、下手な肝試しツアーよりヤバい事になる可能性が高い。駄目だと思ったら直ぐに知らせる事っていうルールも、今日は素直に従うつもりだった。 「休日に昴と連れ立って歩くのは、なんだか不思議な心地がするな。」 「あー、確かに」  言われてみれば、会ってる頻度と時間は絶対他より多いのに、学校か部屋以外で会う事がまずない。登下校も行き方違うから別々だし。  いつもとちょっと違うっていう珍しさと期待が、少し緊張を解してくれた。  取り留めのない話をしながら向かう内に最寄り駅が見えて来る。そこから目的地へは、電車を乗り継いで約一時間半。  段々と高層階の建物が減って行く代わりに緑が増えて、時々、駅前に大型商業施設が現れる。変わって行く景色を見ながら、それをぽつぽつと話題に挙げた。  キャップの鍔越しでも眩しいくらいに光る川面に目を細める内に、ついうたた寝をしてしまう。隣の奴の空気感の影響なのか、それなりに乗客が居る事を忘れさせるくらいに、喧騒から少し浮いた時間がさらさらと流れて行った。  そうこうしていると、目的地への到着を知らせるアナウンスが聞こえた。 「結構近かったな」 「ああ。景色の変化もあって飽きずに移動が出来た。」  伸びをして、固まった体を解す。吸い込んだ空気は家の周りより涼しい。 「販売所はあちらのようだ。」  遙の指差した先に観光案内所の看板が見える。行く予定の場所が多くて点在してるからって事で、一日乗車券を買ってバスで移動しようと話していた。  既に何人かが列を作る後ろに並び、何とはなしに、名所の写真やイラストが載った周辺図を眺める。  誰それの縁の地とか、季節で見頃になる植物の案内に混じって、有難そうな建物がいくつも描かれてあった。状況に合わせて行く先を変えるって聞いてたけど、大体はあの中のどれかだろうな。  良い旅を、と慣れた調子でにこやかに渡されたカード型の乗車券を手に、バス停へ向かう。ちょうどやって来た大型車両には『めぐりん』『めぐるん』とか言う、いかにもな名前のコンビがラッピングされていた。  同じキャラクターが描かれた乗車券を車掌に見せて乗り込み、隣同士で座りたい客は他に沢山居るだろうと一人がけの座席に腰を下ろすと、遙もそれに倣った。  こういう、一緒に行動してる感出さなくて良いところが楽なんだよな。何も言わなくても気にせずに合わせてくれる性格は、結構気に入ってる。「出かけたいので、休日を一日くれないか?」って言われた時、恐怖体験ツアー(仮)になる事へ躊躇はあっても、それ以外の部分で心配がなかったのは、そういう理由からだった。 「酔ってはいないか?」  前に座っている遙が振り向き、声を掛けて来る。着くまでも乗り物での移動が続いたし、バスはカーブの多い山道を進んでいた。 「全然平気」  そう答えた口に、じわりと崩れる錠剤の味が蘇る。目的地に近付く頃に「きもちわるい」って言い出すのが何回か続いたから、よく飲まされてたな。  乗っている物じゃなくて着いた場所の所為で気分が悪くなっているなんて、誰も知らなかった。  途中の宿泊地から乗車した四人組の年配に席を譲ったら「持って来過ぎちゃって」と、明るく飴を差し出された。断る前に隣の手がひょいっと受け取り、ありがとうございます、なんて言う。仕方なく、オレも一つ貰った。  かろかろと口の中で転がしていた粒が溶けきり、すっきりとした甘酸っぱさも薄まってきた頃。最初の目的地に着いた。

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