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38.旅行運と縁結び。らしい

「思ってたよりでかい」 「湖は初めてか?」 「たぶん」  停留所から見える位置に、川でも海でもない幅の水が緑に囲まれて広がっていた。  写真とか映像で見た事はあっても実物は馴染みがないからか、不思議で壮観な光景だった。  湖も川も海も、目立つ水溜りのある所には大抵逸話がある。ここも例に漏れず『旅行運を主に司るものを祀っている』とかいう触れ込みの場所が直ぐ近くにあるって事で、湖の周りを散策する前にそこへ行く事にしていた。 「旅をする際、ここで道中の安全を願う人々が多かった事が起こりだそうだ。」  開けていて流れも良い、と堪能するように遙が目を閉じる。  言われてみれば、確かに。空気に余分な物がなくて、すっと体に馴染む気がした。 「旅行運とかちょうど良いよな、観光地的に。縁結びって書いてあんのも見たけど、関係あんの?」 「普段生活をしている場所から離れるという事は、これまでに出会った事のない人や物との縁が繋がる事だからな。縁結びと言うと恋愛成就を指すと思われる事が多いが、ここの場合は、そういった旅先での良い出会いを願った事から来ている。」 「あー成る程」  頷くのとは別に、隣を見ながら、なんかこいつイメージと違ったなと思う。体育は一緒に受けてんのに、体動かすの得意じゃなさそうって勝手に思ってた。  今歩いてるのは、階段って言うには幅の広い坂道に段差を付けたような場所と、石階段とが交互に出て来る道だ。登るペースを落とさないまま、遙はさっきの説明を余裕で喋っていた。  具合悪そうっつーか、苦しそうにしてるのしょっちゅう見てたからか? 雰囲気とか肌の色とかがインドアっぽいから? 「さあ、着いたぞ。」  最後の石階段を登り切った遙がこっちを向く。疲れなし、息の乱れなし、達成感も特になし。ほんと、完全に思い込みだったわ。  到着した場所には、もうあちこちに人影があった。流石名所、って嫌味なしで思う。  写真を撮る人に、景色の事を話してる人。祈った後に、深々と頭を下げる人が目に入る。それぞれが思い思いに過ごす場所は、思っていたよりも賑やかだった。 「ここはどう感じる?」 「ちょっとピリっとしてるっつーか、背筋が伸びる感じ、か?」  でも……と、もう一度辺りを見渡す。 「そういうとこって、威圧感みたいなのも来て、調子悪くなんだよ。でもここは全然。何か……うん。ちょっと祈っといても良いかもって思った」  人が願掛けに来るような場所は駄目な事が多いのに、ここは嫌な感じがしない。厳格さと寛容さが程良く入り混じって、辺りを覆っている気がした。 「成る程。緊張感が少ないのは、土地を治める者が人の営みを見守るに止め、過度な干渉をしていない所為かもしれないな。」  土地の所有者って関係あんの? と聞こうとして、ああ違うなと思い直した。これ、土地神とか森の主だとかそういう系の話だ。  そっち方面の知識増やしたら、オレがやってるやつの効果上がったりする? って、遙に聞いてみた事はある。「基礎知識はあっても良いかも知れないな」とは言っていたけれど、魔法を使えるようになって欲しいとは言われなかった。 「常は健やかに過ごし、必要な時に手を差し伸べてくれるだけで充分だ。何に例えると良いだろうか? 鍛えられるものではなく、適合するか否かが重要なもの……輸血?」  って首を傾げてたから、こっちが何かしてどうなるってものじゃないらしい。 正直、あの辺の事は未だに全然興味が湧かない。色々覚えたり修行みたいな事をしなくても良いなら有難かった。  そんなオレでも、今日一日の安全を頼んでみよっかなって思えるんだから、ここは良い所なんだろう。  周りの観光客と同じように目を閉じて祈ってみたら、幸先の良いスタートを切れた気がした。  来た道を戻って、今度は湖の方に行く。『季節によって辺りを取り囲む木々の色合いが異なり──』という紹介文が添えられた湖畔は今『快活で瑞々しい緑が溢れる時期』だそうだ。 「近場にあったら、走るのに良いな」  きっちりと舗装された道を歩きながら、自然とそんな感想が漏れた。ぐるりと湖を一周出来るように設計されたコースは、景色を見てたら飽きなそうだし、楽にすれ違えるだけの幅がある。 「趣味でランニングを?」 「体力は付けといた方が良いだろ? 風邪引いても、自分の面倒自分で見なきゃなんねぇし」 「健康管理の為か。偉いな。しかし、いざそうなった時は遠慮なく頼ってくれ。」 「二人して倒れたら困るだろ」 「大丈夫だ。ヒトが対象となるものに感染はしない。」 「……そりゃ頼もしいな」  歩いて行く内に、泉が行ったっていうキャンプ場兼バーベキュー場と、ボート乗り場の案内板が見えた。男二人でボート──はちょっとないな。四人で来た時は良さそう。  ボートの上で立とうとする子供の姿が見える。宥めようとしている両親の様子は側から見たら微笑ましいが、当人達は必死だろう。 「田崎なら落ちるてるな」 「アウトドアは得意だと言っていなかったか? 運動神経も良い。」 「テンションに任せて動くからヤバいんだよ。泉は漕ぐの上手そう。カヌーとか似合わね?」 「確かに似合うな。では、同乗する機会があった際は昴に田崎の事をお願いしよう。俺よりも付き合いが長いから、扱いを心得ているだろう?」 「さらっと子守押し付けようとしてんじゃねーよ。言っとくけど、競争するとかになったら泉も大概だからな。あいつ直ぐ田崎に乗せられるから」 「なんと。」  困ったな、と悩む素振りをした遙の顔は少しも困っているように見えなかった。全っ然仕事してねぇその表情筋って、そういう時になったら慌てたりすんの?  ああでも、どんな無茶苦茶が起こってもこの無表情で突っ込み続けてたら、それはそれでかなり面白い。 「なあ、やっぱその内四人で乗らね? ここじゃなくて良いから。絵的に凄え面白そう」  くつくつと堪え切れない笑いが溢れる。それは楽しみだな、と僅かに声色を穏やかにした隣はきっと、オレと違って相当爽やかな光景を想像している。まぁ良いか、どっちにしろ楽しけりゃ。  端末のレンズを湖に向け、一枚撮る。休みが空けたら、あいつらの予定を聞いてみよう。  程々に歩いたところで、日差しが強くなり出したから移動する事にした。最後に振り返って身納めた対岸の方は、木がうっそりって感じの生え方をしてる所為か薄暗い。  似たような場所なのに、随分雰囲気が違うなと思った。

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