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39.ハイキング的な
しっかりとした石畳を歩く中に、小枝を踏み折る軽やかな音が混じる。木漏れ日がまだらな模様を作るそこに、鳥の鳴き声が彩りを添えた。
うん。めっちゃ『自然』って感じだな。
折角だから少し違う景色を見ようっていう遙の提案に乗って、戻りは途中まで歩きで行く事にしていた。ここは、昔に作られた街道らしい。木に囲まれながら目指すバス通りまでの道は、気持ちが良い。
「こんにちはー!」
「今日は。」
「……ちわ」
一個問題があるとしたら、これ。
程良い勾配はどの年代もハイキング感覚で歩けるらしく、子供から老人まで意外に多くの人とすれ違う。ついでに結構な頻度で「こんにちは」と声が掛かった。そういうのはもっと山感強い所のマナーじゃないのか?
なのに、分かり易く笑ってはいないものの、涼しい顔の同行者は当たり前って感じで挨拶に応える。
そんなのの横で、自分だけ黙ってるのは勇気がいる。普通に気不味い。結局、何日分だって回数の挨拶を(愛想と声量は知るか)交わす事になった。
「こんにちは」
朗らかな声と一緒に、チリンチリンと高い音をさせながら一団が通り過ぎる。
「鈴って熊避けだよな。こんな所で出んの?」
「この辺りは、まだ生息域ではないな。人の気配をさせる事で野生動物避けにはなると思うが、装飾品ではないだろうか。」
そっか、普通にキーホルダーに付いてるよな。意味があるかも? って普段気にしない事を考えたのは場所の所為か。
それにしても、よく聞こえんな。余計な音がないからか、足音も話し声も遠ざかっているのに、鈴の音だけは殆ど変わらない位置にあるみたいだった。
リン。と、また響く。
他の人のと聞き違えてんのか? どっから音してんだろ。後ろの人らは違いそうだし、前?……ああ、あの辺かも。
ほら。このまま上がって行ったあの草がわっと生えている所なんて、ヒト一人すっぽり隠せそうで──。
「昴。そちらは舗装されていないぞ。」
「……え?」
呼ばれて我に返ると、獣道とも呼べない勾配を進もうとしているところだった。さっきまで歩いていた所と、足元の感覚も草の高さも違う。
いつの間にか先を行っていた遙が引き返して来て、オレが見ていた先にちらりと目をやった。
「何か見えたのか?」
「いや、そういうんじゃないんだけど……」
「あれは構わなくて良いぞ。危険性は低いが、帰してもらえる頃には日が暮れてしまうから。」
「あぁ……?」
あれ、って何の事だ? っていうか、オレあんな所で何探してたんだっけ?
どちらも気にはなったはずのに、歩く毎に輪郭が曖昧になった。なぁ昴、と話しかける相手に構っていると、思い出すよりも前に雑談の中へ飲まれて行く。
「見ろ、随分と大きな虫がいるぞ。」
「うわ、無駄に足長ぇ」
街道の歴史について書かれた立て看板や、生き物、植物を指さしては、あれはああでこれはこうでと遙が解説を添える。
「せっかくだから、実物を見ると良い。ほら、これがシダ植物等にある胞子嚢で──」
「待っ……て。虫の卵じゃん。マジで無理なんだけど」
話すきっかけが多いからか、お互いにいつもよりよく喋った。
趣味とか好きなものとか、詳しく聞きそびれていた事が、気付けば景色と勉強の事よりも話題の中心になっていた。
「では、映画のジャンルとしては、クライムに該当するものが好きなのか?」
「まだそんな見れてないけど。あと、人間怖い系? 映画館なら、もうちょい明るいのかアクション寄りだな最近」
途中で街道を降り停留所でバスを待つ間に、遙からお勧めの本を教えてもらった。
一冊借り約束をして車両のドアを潜る頃には、あれだけ響いていた鈴の音は聞こえなくなっていた。
行きと同じようにガタガタと揺られる。民家に混じって、宿泊地が目立ち始めた地区の停留所で降りた。少し歩くと、香ばしい匂い漂って来る。
「めっちゃ腹減って来た。早く行こ」
「走って転ぶなよ。」
「転ばねーよ」
駆け抜けながらそう投げ、一段飛ばしで階段を下ってみせる。
仕方ないなという風に追いかけて来る人を振り返り、じじいみたいな顔してんじゃねーよ、と笑った。それを受けた黒い眼が一瞬、眩しそうに細められる。
「お前の祖父よりずっと年長者だからな」
嘘だか本当だか分かんない事をしれっと答えられるのも、もう慣れたものだ。
靄のように残っていた些細な疑問は、空腹で完全に見えなくなった。
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