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40.定番も限定も

 数組分待ってから通された店内は、空調がよく効いていた。滲んだ汗がさらりと乾く。氷の浮かぶ水を半分程呷って一息付いてから、気になった事を遙へ聞いてみた。 「お前、限定とかに弱えーの?」  食い物関係の希望は全部オレが出した。一番人気って謳い文句付きの写真を見て「ここの店気になる」って言ったのもオレ。一応遙も、美味そうだなって言ってはいた。  けれど、並んでる間に聞かれた注文でオレが迷わずそれの名前を答えたのに対して、少し悩んだ後にこれを、って遙が指差したのは『季節限定!』の吹き出しが付いた商品画像の方だった。  最初に話してたやつと違うの頼んだ事自体は、別にどうでも良い。ただ、本当は何も食べなくても平気だって言ってた割に、四人で夕飯食った時も季節のメニュー頼んでたし。 「どう……だろうか? 食事をする機会がこの先どのくらいあるかわからないから、いつでも食せる物より、今しか食せないと謳っている物に関心が向くのかも知れない。」  ……それを限定商品に弱いって言うんだよ。やたら捻った言い回ししてっけど。 「その場で食える物なら良いけど、今だけとか今日限りとか言われて、要らねぇ物買うのだけは気を付けろよ」  そんな事はしない、と返す冷静そのものの顔を胡乱気に見ながら、取り敢えず今日だけは目を光らせておこうと決めた。何せここは観光地だ。季節やら地域やらのあらゆる『限定』で溢れかえっている。  お待たせ致しました、と言う明るい声と一緒に昼食がやって来た。つやつやしたタレがかかった肉から。湯気がふんわりと登っている。小鉢で添えられた野菜を漬けた物は、レジの前で売ってたのと同じっぽい。自家製か特産品かも。 「あ、旨い」  一口頬張って素直に感想が溢れる。しっかりとした味付けは歩いて消耗した体によく沁みた。  そっちは? と、期待していた通りの味を食べ進めながら聞こうとした時、遙が先に口を開いた。 「『ひとくちちょーだい』」  ぽとん、と運びかけてた米が落ちる。  いつもの表情で、少し首を傾げながら言われた言葉が入って来ない。凄え勢いで頭回ってる感じすんのに、全然処理進まねぇんだけど。  完全に固まったオレを見て遙は、おや? と反対側に首を傾げた。 「田崎が時折言っていたので真似てみたのだが……。こういう時に使うのでは無かったか?」  どうりで。いや、だからってそのまま言うな、お前っぽい感じでアレンジしろ。なんて感想は、指摘したところで「何故?」ってこれまた答えにくい返事をされるだけだろう。  仕方なく、食器ごと差し出して、お互いの昼食を交換しながら「使い方は、合ってる」と言うだけにしておいた。 「普通に食い物に興味あんだな」  遙が注文した方は、暑くなり出す季節に合わせてあっさりとした味付けになっていた。これもこれで旨いなと数口貰い、同じように、どちらも美味いなと言う人の元に返す。 「折角来たのだから、それらしい事をしなくてはと思ってな。」 「何だよそれ」 「言葉のままだ。」  そりゃそうだろうけど。上手く言語化出来ない違和感が喉の奥に引っかかる。  さっきの、この先何回飯が食えるか発言もだし、積極的なのに後ろ向きっつーか……。 「調子良くなったら、こういう事してる暇なくなんの?」 「全くではないが、そうなるだろうな。」 「……そう」  自分の体がいつまで耐えられるかを分かっているのか? とは、聞けなかった。 「しかし、皆との交流から学ぶ事は多い。お前達との時間は大切にしたいと思っている。」  配膳の音と客の談笑の網目を抜けて、敬虔に誓うような声音が届く。だから何なんだよ、その『許してもらってる』みたいな感じは。 「なあ」 「何だ?」 「……いや。こういう事も必要なんだったら、オレは良いと思うけどってだけ」  前にオレが「平和に学生やってる奴を助けると世界の平和にも役立つとか、何言っちやってんの?」って言った所為かと思うのは、自意識過剰な気がした。 「勿論、役立てたいと考えている。」 「無茶はすんなよ」  本音を言うなら、オレが言った事も、遙のよく分かんねぇ遠慮もまとめて「うるせーいいから無視して楽しんどけよ」と言ってしまいたい。  遙程深刻じゃないにしても、理想の人生を辿れていない自分の将来に対して、生きに死に賭かってるってレベルで悩んでた時期がオレにはあった。今でも時々、ぞっとするくらいの不安と焦りが湧く。  けどっつーか、だからっつーか。楽しめそうな時に楽しんどかないのは損だろ? って思うようにしてる。真剣に考えて向き合う事と、それだけに占領されて何も出来なくなるのは違う。  ましてや、自分の幸せを誰かの不幸と交換できるなんて事もない。 「そろそろ行くか」  食後に出された茶を半分程残して、立ち上がる。  言った所で直ぐに受け入れられる性格じゃないっていうのは、普段の遙を見てたらとなく分かる。  楽しめたら、って気持ちがちょっとでもあるなら、こっちもそれに全力で乗っかれば良い。帰った後、あの時みたいに「浮かれてしまった」と笑わせられたら上出来だ。  店を出た後は、市街地の方に向かいながら、いくつかの目的地で途中下車した。心霊スポットって記事を見かけ所は人気がなくて、パワースポットらしい所はよく分かんない石に人が群がっていた。  何となくの好き嫌いはあっても具合は悪くならなかったし、恐怖体験ツアーになるんじゃないか? って考えていたのは、心配し過ぎだったかも知れない。

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