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42.遠出の帰りに

 勢いで買ったご当地弁当が入った袋を揺らしながら歩く。自宅までの道を星が照らしていた。 「結果は追って伝える。数日待っていてくれ。」 「分かった」  なんだかんだで歩いたから足は疲れた。けど、苦手なアレやコレやに遭遇したり避けたりしつつ過ごしたのに気疲れした感じがしないのは、同行者の功績がかなり大きい。 「なぁ、昴。」 「ん?」 「──俺は人間のように見えるか?」  その同行者が前を向いたまま問う。 「何かあった?」  見えるも何もないだろ。と真っ先に思ったけれど、それをそのまま答えて終わりにするのは、違うように思った。長時間一緒に過ごした所為かも知れない。 「込み入った事なので黙っていたのだが、今日一日でお前との距離が近くなったように感じた。だから、交際相手との件は謝っておいた方が良いと判断したのたが、ふと、俺の謝罪にどれ程の価値があるのだろうかと疑問が湧いてしまって。」 「は!? 待て待て待て! 何!? 何の話だよ!?」  親しくなったと思ってくれたのはむず痒くて、その分、交際相手って言われてドキッとした。そこに、やたら深刻そうな話題があっさりと乗せられる。  どっからツッコめば良いんだよ。主題、完全に迷子なんだけど。一個ずつバラして消去法で考えた結果、深堀はしたくないが一番無難なネタが話初めに選ばれた。 「……オレが別れた事とお前が関係あるって、なんで?」  「多忙が原因だったのだろう? 俺が昴に制御の手助けを依頼し、拘束し始めた頃から積み重なって。と考えると、ちょうど時期が重なる。」 「あー……」  言われてみれば、確かに。  あの時期は勉強の時間確保する為に色んな誘いを断ってて、あいつとも碌に連絡取ってなかった。けど、だからって遙が居なきゃ今も付き合ってたかっていうと微妙。少なくとも、近い内に同じ結果になってたと思う。 「決して順風満帆ではなかったとも言っていたが、責任の一端がある事は間違いない。」 「関係ねーよ。タイミング的にそう見えるかもしんないけど」 「そうだろうか?」 「お前の所為ならとっくに言ってる。つーか、そんな事で重く考えんなよ」  わざわざ今言うくらいだから、って構えてれば。相変わらずとんでもなくお人好しなって言うか、変に自己評価低いんだよな。 「深刻でなくとも、真剣にはなる。今後に関わる事だから、早期に確認した方が良いと判断したんだ。心を伴わない謝罪に対してどう感じるのかを。」 「そりゃ、普通だったらムカつくけど。『悪いと思ってないけどまぁ謝っとくか』なんてしないだろお前?」 「良いか悪いかで言えば、致し方無い状況だったとはいえ悪い事をしたと判断している。だが、申し訳なく感じている、という表現は適切ではないのだ。」 「どういう事?」 「ほら、俺には感情がないだろう?」  ぽんっ、と住宅街に投げられた言葉に一瞬、足が止まった。 「あるだろ。何言ってんだよ」  遙を嫌ってた頃に、そういえば同じ事を言っていた気がする。こっちから見る分には、感情の起伏が小さい方で態度に出にくいんだろうな、ってだけだ。他人より落ち着いた性格をそう誤解しているなら、解いてやった方が良い。 「感情や情動のように見えるものは、全て表面的なものに過ぎない。その場の状況や相手との関係性を分析し、最も類似した、或いは、最適と判断された反応を再現しているだけなのだから。」 「……は?」 「先程の話で言うならば『申し訳ない』は感情。即ち、俺には存在していないものだ。なので『申し訳ないと感じたから謝る』という状態は起こり得ない。しかし、俺の中では『良くない事をした』という判定は下っている。判定自体は倫理観によるものだが、俺を作った者達が備えさせたものである為、自発的な考えではない。……ここまでは良いか?」 「あ、ああ……」 「尚且つ俺には『人と同じように振る舞う』という設定がされている。これにより、導き出した判定を伝える為に人間の行動を参照し、引用し、表現する。ではその際『申し訳なさそうな仕草と謝罪』が適切な行動だと判断した場合、どうなると思う?」 「……悪い事だって分かってるけど、申し訳ないとは思ってない。でも、見た目では罪悪感がある感じで謝る」 「その通りだ。」  嘘だろ。何だよそれ。 「加えて、何を表現しているのかより正確に伝える為の手段として、様々な物がそれらしい形で作られる。涙や汗、呼気一つですらそうだ。  どれ程人らしく見えようと、全ては他者の模倣であり、現実味を持たせる為の演出という訳だ。」  やばい。くらくらして来た。話が壮大過ぎるし、ぶっ飛んでる。元カノに悪い事したなー、なんてノリで話し出す事じゃねえよ。どういうつもりで今更ぶち込んで来た。  っていうか。だとしたら、あれってどうなるんだ? 「じゃあ、痛いとかって──」  嘘? という一番大事な問いは、口の中で消えた。  耳の奥で鼓動が跳ねる。そうだ、なんて当たり前な顔で言われたらちょっと。いや、かなりきつい。  だって、根本が揺らいでしまう。 「痛覚はあるぞ。魔力の乱れなど、この身に起こっている異常を知らせる重要な機能だからな。人のそれとは些か異なるが、その他の情報とは区別され、警告として発せられている。」 「って事は、痛がってたり苦しそうにしてるのは……本当?」 「ああ。……あ、いや、どうだろう? 先程言った通り、感覚が人とは異なっている。あの者が残した憎悪や力の暴走などにより、この身に歪みが生じている事は事実なのだが。それを『人間に置き換えると、このようになるだろう』という形で表現してしまっているとすると……やはり虚偽になるのか?」  顎に指を沿わせ、他人事みたいに思考を巡らす姿に頭を抱えそうになる。外じゃなかったら危なかった。ただどう足掻いても、声色に出ないようにするのは無理だった。 「…………それ、何で今話したんだよ」 「先日、人と然程変わらないから交流には問題がないと言われて、一度は納得したんだ。しかし、今日一日過ごしてみて危惧が生まれた。これ以上良好な関係になってしまうとこの身に付与された機能では応えきれず、互いの認識に齟齬が生まれてしまうのではないか、と。」 「だったら、ボロ出ないような距離保っときゃ良いじゃん。わざわざ全部言う必要だろ」 「しかしその場合、予期せぬタイミングで気付かれてしまうリスクがある。関係に進展が無かったとしても、共に過ごした年月が長くなれば、今の段階で告げるよりも傷付けてしまう可能性が高い。」  それに、と言いかけてから、整然と並べ立てる口が止まった。躊躇うように視線を彷徨わせた後、すっとまたいつもの冷静な表情に戻る。嫌な予感がした。 「意図せずこの事実を知られた場合、お前からの助力を突然失う可能性がある。交渉の余地がある段階で打ち明け、協力を得られる期間を明確にすべきだ。という意図が恐らくは根幹にある。」  胸に重りが落とされる。その振動が体中に響く。 「『そういう事なら手伝いたくない』っつったら、どうするつもりだったんだよ。交渉でもすんのか? いつまで伸ばせる? って」 「ああ、使命に関わる事だからな。」  それが本音だって言うのか。本当の事をバラすのも謝るのも、どこまでオレを利用出来るか確かめたかったからだって。  今日、気遣ってくれたのも、友達の真似してみようって思ったのも、珍しくドヤった顔も。それから、最近苦しそうじゃなくなったなとか、お前らしいなって思ったとこも全部、嘘だって。

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