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44.遠出の結果と困った事 #1
「んっ……。ぁ……あっ」
ぱさりと黒髪が揺れて仄白い耳を掠める。
肩をびくりと跳ねさせた後に、何故か向かい合う体制になっている相手が、オレの服をぎゅっと握り締めた。
「ふっ……んぅ、はっ……んっ」
声と共に吐息が胸にかかると、どうしてこうなったんだろうと思考が他所に行きそうになる。
オレよりも少し細い腕に力を込めるべきなのか、それとも、他にもっとやるべき事があるのか。そもそも、何をしているはずだったのか。
はっ、と詰めていた息を吐き出す音が、湿り気を帯びた呼吸が、首筋を掠める。
「あ……。すば、るっ……」
いや、もう本当。どうしてこうなった。
***
最近、遙の調子がいまいち良くない。
本人は波があるだけだって言っていたけど心配にはなる。でも、オレに出来る事はいつも通りしかない。って事を、二週間前に教えられた例の検証結果で知った。
どうもオレは、遙の協力は問題なく出来ててもそっち方面の才能はないらしい。
「大雑把に言ってしまうと、ウイルスと免疫の関係だな。」
大凡の原因は特定出来たと言った遙は、オレの体質についてそんな例え方をしていた。丸一日使ってあちこち回ったあの日から、数日後の事だった。
「過剰反応という点はアレルギーと同じだが、接している内に克服出来ている点を鑑みると、ウイルスに対して抗体が出来るイメージが方が近いだろう。」
「え、克服出来てんの?」
「俺の件が良い例だ。」
遙が、観光案内所から持って帰って来た周辺マップをテーブルの上に広げる。分からない点があれば都度質問してくれ、と言った後、行った場所を指差しながら説明をしてくれた。それはもう、簡単かつ親切に。説明してもらうんだし予習しとくか、って魔術だかスピリチュアルだかの解説を読んでも「へー。ふーん。で?」で終わったオレが最後までちゃんと聞けるくらいに。
「つまり昴の場合は負の感情だけでなく、良い感情であっても恐怖を感じてしまう場合があるのだ。信仰心を多く集めている場所を苦手と思うのは、その所為だな。」
成る程。そりゃよくああいうのの解説である、悪い気がどうの、死者の怨みでこうだ、って話し見ても他人事に感じるはずだ。
「以上を総合した結果──。人間の〈思い〉が過度に集中している場所や物、人に対して反応が起きている、と考えられる。」
中途半端な予習の所為で細切れになった情報が、頭の中を流れて行く。何かの説で「強く念じる事でより強力な効果を~」っていうのを見た気がした。その仲間か? いや、つーか。
「って事は、お前なんて絶対駄目な奴にならねぇ?」
他の〈アレ〉がどうだったかは知らないけど、遙については「人間の思いを魔力に替えて集めて作られた」って、他でもない本人が言っていた。
「その通りだ。故に、近くに居ると体調を崩し、強い嫌悪感を抱く。影響を受け辛くなる術を施しても『嫌な感じがしていた』と言っていただろう? 漏れ出た力にこもっている悪意だけでなく、俺を構成している魔力そのものに反応していたから、という訳だ。」
はじめの数文字を聞いた後、残りは耳の外に流れて行った。
一年の時の態度を、遙の方から何か言われた事は一度もない。オレが「悪かった」と言った事に対して「誤解が解けたのなら良かった」しか、遙は返さなかった。普段の様子から考えても、本当に恨んでないんだと思う。でも。
誰に、何をされたのかを、忘れたわけじゃない。
「では何故、今は問題がないかと言うとだ。日々の制御や調整への助力に加え、件の制御が困難になってしまった日を乗り越えた事により、抗体のようなものが出来た。或いは、勝利体験となった為、警戒に値しないと判別して反応しなくなった、と推察される。」
「……マジかよ」
意地の悪い気持ちで続けていた事が、あの時文句を付けに行った事が、そんな結果になっていたなんて。
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