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45.雄弁な夜空
「なぁ、やっぱ顔色悪くね?」
昨日の夜の事があった所為か、昼飯食ってる遙の横顔を見ながら朝にも聞いた事がつい口に出てしまう。
「今朝と変わらず、体調に問題はない。」
だが、ありがとう。と微かに緩めた表情もなんだか普段より儚く見えた。
「具合良くないのー?」
「何ともないって言ってっけど……」
元気がないって言うか、暗いって言うか。本人はずっとこの調子で平気そうにしてるけど、でも、やっぱり普段と何かが違う気がする。
「んー、どうだろ。直親的には?」
「俺はいつも通りに見えるけど……本当に無理してないか?」
「ああ。自覚出来ている範囲では何とも。」
「昴の取り越し苦労的な? でも宮代ちゃんクールフェイスだからなー」
「つっても、何だかんだで顔とか態度に出るだろ? まぁ、お前らから見て平気そうなら──」
「「え?」」
若干の心配は残ってるけど、目敏い方の二人が何も感じないなら本当に気の所為かも知れない。そう思って言った事に、田崎と泉は揃ってきょとんとした。
「出、てる? え、宮代ちゃん超フラットじゃん? 昴わかんの? 超能力なの?」
「普通に見てりゃわかんだろ?」
「いや俺も、宮代はこう、いつも冷静で凄いなーって思ってたから」
まじかよ。二人よりもよく連んでるっての考えるとしても、単純に遙が人間生活に慣れたから感情出せてんのかなーって思ってた。
「うっわ、なんか悔しい! オレだけわかってるーみたいでめっちゃ悔しい!」
「んな事言ってねぇよ」
「宮代ちゃん問題出しておれ当てるから! なんの顔でしょう的なやつ!」
「おい将吾。変な事させようとするなよ」
田崎が百面相をやらせようとするのを、泉が慌てて止めてくれる。それを不思議そうな顔で眺めていた遙は首を傾げた後、少しだけ眉を下げて見せた。
「こうか?」
やるのか。つーか何で乗るんだよ。
「えーっとね、笑ってる!」
「このタイミングで悲しそうなフリすんな」
「では次は……。」
「楽しそうな顔!」
「恐ったフリも微妙だって」
「ならば……。」
「あ、ちょっと怒ってる!」
「面白がってんだろ。ニヤけてんのバレてるからな」
淡々とした口調のまま、遙は微妙かつ器用に表情を変えて見せる。遊びに付き合う余裕があるなら、本当に体は大丈夫な気がして来た。
「全問正解だったんじゃないこれ!?」
ふふん、と田崎が腕を組む。
「田崎は、残念ながら。昴は全て当たっていた。」
「わー! マジかぁ!」
クラス一緒だったらもうちょっといけたのになー、なんて言いながら、田崎は本気で悔しそうにする。まあ「もう一回!」って言わないから、一応満足したっぽい。やれやれ、とため息が口から溢れた。
「宮代難しくしてたのに、昴はよく分かったな」
「慣れだろ」
「難易度を上げたつもりはなかったのだが……。しかし、そうだな。あまり感情が表情に乗る方ではないと自覚している。」
「自覚あったのかよ」
何考えてるか分かるようになったっつっても、他の奴等に比べたらやっぱり感情表現する方じゃないし、人間の真似してるって言っていた割に、表情とかと連動してねぇよなぁ。って思ってたけど。
「だから、昴には感謝しているんだ。些細な変化にまで気を配ってくれていて。」
そう言った遙の睫毛が、すっ、と目元に影を落とす。僅かに口元が緩んで、頬の色が柔らかくなる。仕上げみたいにふわりと月明かりが灯って、黒い眼が夜空の色になった。
あ、笑って──
「笑ってる!!」
る。と思ったのと同時に、ぱっと立ち上がった田崎が嬉しそうに宣言した。
「絶対これは合ってるっしょ! ね!」
興奮気味に目を輝かせる田崎を、遙は一瞬だけ呆気に取られた顔で見た後、より一層優しい眼をした。
「ああ、正解だ。」
「よっしゃ! これで昴だけ分かってるとか言わせないからなー」
「今のは俺でも分かったよ。っていうか、あんまり宮代に失礼な事言うな」
じわりと、顔の温度が上がる。ああくそって思ったら、鼓動が速くなった。また温度が上がって、速くなる。そりゃそうなるだろ。じゃなくて、恥ずかしいだろ。だってそんな。
オレの事褒めた時は誰から見ても笑顔だった、なんて。
放っておかれた昼食にかぶり付く。味がしなくて、一口、もう一口と詰め込む。
なんだよこれ。やたら恥ずい。うわぁってなる。バクバクいってる。
泉が「早く食わないと時間なくなるぞ」って田崎を急かしてた気がする。田崎は「やばー!」って言いなが喉に詰まらせそうになってたと思う。遙の方は、見られなかった。
いつの間にか昼飯がなくなってて、食った気がしないのにもう何も入らないような気持ちを抱えたまま、昼休みが終わった。
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